Ugetsu Monogatari — Ueda Akinari
雨月物語 [#ページの左右中央] 校注 雨月物語 [#改丁] 雨月物語序 一 羅子撰水滸。而三世生唖児。 二 紫媛著源語。而一旦堕悪趣者。 三 蓋為業所 耳。然而観其文。各 奮奇態。 四 哢逼真。 五 低昂宛転。令読者心気 六 洞越也。可見鑑事実于千古焉。余適有 七 鼓腹之閑話。衝口吐出。 八 雉※ [#「句+隹」、U+96CA、187-5] 竜戦。 九 自以為杜撰。則 一〇 摘読之者。 一一 固当不謂信也。 一二 豈可求醜脣平鼻之報哉。 一三 明和戊子晩春。雨霽月朦朧之夜。窓下編成。 一四 以 梓氏。題曰雨月物語。云。 一五 剪枝畸人書 一六 一七 [#改ページ] 羅子 ( らし ) 、 水滸 ( すいこ ) を 撰 ( せん ) して、三世 唖児 ( あじ ) を 生 ( う ) み、 紫媛 ( しゑん ) 、 源語 ( げんご ) を 著 ( あらは ) して、一旦悪趣に 堕 ( お ) つるは、 蓋 ( けだ ) し 業 ( ごふ ) のために ( せま ) らるるところのみ。然り而して其の文を 観 ( み ) るに、各々 奇態 ( きたい ) を 奮 ( ふる ) ひ、 哢 ( あんろう ) 真 ( しん ) に 逼 ( せま ) り、 低昂宛転 ( ていかうゑんてん ) 、読者の心気をして 洞越 ( どうゑつ ) たらしむるなり。事実を千古に 鑑 ( かんが ) みらるべし。 余 ( よ ) 適 ( たまたま ) 鼓腹 ( こふく ) の閑話あり、口を 衝 ( つ ) きて吐き 出 ( い ) だす。 雉 ( きじ ) ※ ( な ) [#「句+隹」、U+96CA、188-6] き竜戦ふ、 自 ( みづか ) らおもへらく杜撰なりと。則ち之を 摘読 ( てきどく ) する者は、 固 ( もと ) より 当 ( まさ ) に信と謂はざるべきなり。 豈 ( あに ) 醜脣平鼻 ( しうしんへいび ) の 報 ( むくい ) を求むべけんや。 明和 ( めいわ ) 戊子 ( ぼし ) 晩春、雨 霽 ( は ) れ月 朦朧 ( もうろう ) の夜、 窓下 ( さうか ) に編成し、以て 梓氏 ( しし ) に ( あた ) ふ。題して 雨月物語 ( うげつものがたり ) と 曰 ( い ) ふと云ふ。 剪枝畸人 ( せんしきじん ) 書す。 ※ [#丸印、U+329E、188-11] ※ [#四角印、188-11] 一 羅貫中。中国一三、四世紀の人。水滸伝を著わしたために子孫三代唖児が生まれたという俗説がある(西湖遊覧志余。続文献通考等)「羅氏が三代まで唖子をうみしなども云ふ」(秋山記・秋成)。 二 紫式部。源氏物語を著わしたために地獄におちたという俗説がある(今物語、宝物集等)。秋成も秋山記でそのことを書いている。 三 思うに悪業の為にこんな報いにせまられたというべきであろう。 四 鳥の黙したりさえずったりする声の形容。ここでは文章の調子、勢い。 五 文章の調子が或は低く或は高く、あたかもころがるようになめらかで流暢である。 六 つよく感銘する。 七 泰平の世を謳歌するようなのんきな無駄ばなし。鼓腹は、飽食して腹鼓をうち、泰平を楽しむ。 八 雉が鳴き竜が戦うような奇怪千万な怪奇談。 九 自分でもこれは杜撰であると思う。杜撰はよりどころなく疎漏なこと。 一〇 ひろい読む。 一一 もとよりこれが信ずるに足るものだというはずがない。 一二 どうして子孫に口唇裂や平たい鼻の変わり者が生まれるという業の報いをうけるはずがあろうか。 一三 明和五年(一七六八)三月。秋成三五歳。 一四 出版業者に与えた。版行にふした。 一五 上田秋成の戯号。秋成は五歳の折、重い痘を病み、その結果、右手の中指と左手の人さし指が短くなり、不自由になった。そのことから一時的につけた号である。枝は肢と同じで、指に通ず。剪枝は木をきるはさみの意味もある。畸人は変人、変わり者。 一六 「子虚後人」とあって、秋成の一時的な戯号。いたずらに妄言を吐く人物の子孫という意味。 一七 「遊戯三昧」とある。遊びたわむれることにむちゅうになること。五雑組、巻十五に「凡為 二 小説及雑劇戯文 一 、須 二 是虚実相半 一 、方為 二 游戯三昧之筆 一 」とある。 [#改ページ] 雨月物語 巻之一 一 白峯 ( しらみね ) 二 あふ坂の 関守 ( せきもり ) にゆるされてより、 三 秋こし山の 黄葉 ( もみぢ ) 見過しがたく、浜千鳥の跡ふみつくる 四 鳴海 ( なるみ ) がた、 不尽 ( ふじ ) の 高嶺 ( たかね ) の 煙 ( けぶり ) 、 五 浮嶋がはら、 六 清見が関、 七 大 礒 ( いそ ) 小いその浦々、 八 むらさき 艶 ( にほ ) ふ武蔵野の原、 九 塩竈 ( しほがま ) の 和 ( な ) ぎたる朝げしき、 一〇 象潟 ( きさがた ) の 蜑 ( あま ) が 苫 ( とま ) や、 一一 佐野の 舟梁 ( ふなばし ) 、 一二 木曾の 桟橋 ( かけはし ) 、心のとどまらぬかたぞなきに、 猶 ( (なほ) ) 西の国の歌枕見まほしとて、 一三 仁安三年の秋は、 一四 葭 ( あし ) がちる 難波 ( なには ) を 経 ( へ ) て、 一五 須磨明石の浦ふく風を身に 一六 しめつも、行々 一七 讃岐 ( (さぬき) ) の 真尾坂 ( みをざか ) の 林 ( はやし ) といふにしばらく 一八 ( つゑ ) を 植 ( とど ) む。草枕はるけき旅路の 労 ( いたはり ) にもあらで、 一九 観念修行 ( くわんねんしゆぎやう ) の 便 ( たより ) せし 庵 ( いほり ) なりけり。 この里ちかき白峯といふ所にこそ、 二〇 新院の 陵 ( みささぎ ) ありと聞きて、拝みたてまつらばやと、 十月 ( かみなづき ) はじめつかた、かの山に 登 ( のぼ ) る。 松 ( まつ ) 柏 ( かしは ) は奥ふかく 茂 ( しげ ) りあひて、 二一 青雲 ( あをぐも ) の 軽靡 ( たなび ) く日すら 小雨 ( こさめ ) そぼふるがごとし。 二二 児 ( ちご ) が 嶽 ( だけ ) といふ 嶮 ( けは ) しき 嶽 ( みね ) 背 ( うしろ ) に 聳 ( そばだ ) ちて、千 仞 ( じん ) の 谷底 ( たにそこ ) より 雲霧 ( くもきり ) おひのぼれば、 咫尺 ( まのあたり ) をも 鬱悒 ( おぼつかな ) きここちせらる。 木立 ( こだち ) わづかに 間 ( す ) きたる所に、 土 ( つち ) ( たか ) く 積 ( つ ) みたるが上に、石を三かさねに 畳 ( たた ) みなしたるが、 二三 荊蕀 ( うばら ) 薜蘿 ( かづら ) にうづもれてうらがなしきを、これならん 御墓 ( みはか ) にやと心もかきくらまされて、さらに 夢現 ( ゆめうつつ ) をもわきがたし。 現 ( げ ) にまのあたりに見奉りしは、 二四 紫宸 ( ししん ) 清涼 ( せいりやう ) の 御座 ( みくら ) に 朝政 ( おほまつりごと ) きこしめさせ給ふを、 百 ( もも ) の 官人 ( つかさ ) は、かく 賢 ( さか ) しき君ぞとて、 詔 ( みこと ) 恐 ( かしこ ) みてつかへまつりし。 二五 近衛院 ( このゑのゐん ) に 禅 ( ゆづ ) りましても、 二六 藐姑射 ( はこや ) の 山 ( やま ) の 瓊 ( たま ) の 林 ( はやし ) に 禁 ( し ) めさせ給ふを、思ひきや、 二七 麋鹿 ( びろく ) のかよふ跡のみ見えて、 詣 ( まう ) でつかふる人もなき 深山 ( みやま ) の 二八 荊 ( おどろ ) の下に神がくれ給はんとは。 二九 万乗 ( ばんじよう ) の君にてわたらせ給ふさへ、 三〇 宿世 ( すくせ ) の 業 ( ごふ ) といふもののおそろしくもそひたてまつりて、罪をのがれさせ給はざりしよと、世のはかなきに思ひつづけて涙わき出づるがごとし。 終夜 ( よもすがら ) 供養 ( くやう ) したてまつらばやと、御墓の前のたひらなる石の上に座をしめて、 経文 ( きやうもん ) 徐 ( しづ ) かに 誦 ( ず ) しつつも、かつ歌よみてたてまつる。 三一 松山の浪のけしきはかはらじを かたなく君はなりまさりけり 猶 ( (なほ) ) 心 怠 ( おこた ) らず 供養 ( きようやう ) す。露いかばかり 袂 ( そで ) にふかかりけん。日は 没 ( い ) りしほどに、山深き夜のさま 三二 常 ( ただ ) ならね、石の 牀 ( ゆか ) 木の葉の 衾 ( ふすま ) いと寒く、 神 ( しん ) 清 ( す ) み 骨 ( ほね ) 冷 ( ひ ) えて、 三三 物とはなしに 凄 ( すざま ) じきここちせらる。月は出でしかど、 三四 茂 ( しげ ) きが 林 ( もと ) は影をもらさねば、 三五 あやなき 闇 ( やみ ) にうらぶれて、 眠 ( ねぶ ) るともなきに、まさしく 三六 円位 ( ゑんゐ ) 々々とよぶ声す。 眼 ( め ) をひらきてすかし見れば、其の 形 ( さま ) 異 ( こと ) なる人の、 背 ( せ ) 高く 痩 ( や ) せおとろへたるが、顔のかたち、着たる衣の 色 ( いろ ) 紋 ( あや ) も見えで、こなたにむかひて立てるを、西行もとより 三七 道心 ( だうしん ) の 法師 ( ほふし ) なれば、恐ろしともなくて、ここに来たるは 誰 ( た ) そと答ふ。かの人いふ。 前 ( さき ) によみつること葉のかへりごと聞えんとて見えつるなりとて、 三八 松山の浪にながれてこし船の やがてむなしくなりにけるかな 喜 ( うれ ) しくもまうでつるよ、と聞ゆるに、新院の 霊 ( れい ) なることをしりて、地にぬかづき涙を流していふ。さりとていかに迷はせ給ふや。 三九 濁世 ( ぢよくせ ) を 厭離 ( えんり ) し給ひつることのうらやましく侍りてこそ、 今夜 ( こよひ ) の 四〇 法施 ( ほふせ ) に 随縁 ( ずゐえん ) したてまつるを、 四一 現形 ( げぎやう ) し給ふはありがたくも悲しき御こころにし侍り。ひたぶるに 四二 隔生即忘 ( きやくしやうそくまう ) して、 四三 仏果円満 ( ぶつくわゑんまん ) の 位 ( くらゐ ) に昇らせ給へと、 情 ( こころ ) をつくして 諫 ( いさ ) め奉る。 新院 呵 ( から ) 々と笑はせ給ひ、 汝 ( なんぢ ) しらず、近 来 ( ごろ ) の世の 乱 ( みだれ ) は 朕 ( わ ) がなす 事 ( わざ ) なり。生きてありし日より魔道にこころざしをかたぶけて、 四四 平治 ( へいぢ ) の 乱 ( みだれ ) を 発 ( おこ ) さしめ、死して 猶 ( (なほ) ) 四五 朝家 ( てうか ) に 祟 ( たたり ) をなす。見よ見よ、やがて 天 ( あめ ) が 下 ( した ) に大 乱 ( らん ) を生ぜしめん、といふ。西行此の 詔 ( みことのり ) に涙をとどめて、こは浅ましき 四六 御こころばへをうけたまはるものかな。君はもとよりも 四七 聡明 ( そうめい ) の聞えましませば、 四八 王道 ( わうだう ) のことわりはあきらめさせ給ふ。こころみに 討 ( たづ ) ね 請 ( まう ) すべし。そも 四九 保元 ( ほうげん ) の 御謀叛 ( ごむほん ) は 五〇 天 ( あめ ) の 神 ( かみ ) の教へ給ふことわりにも 違 ( たが ) はじとておぼし立たせ給ふか。又みづからの 人慾 ( にんよく ) より 計策 ( たばか ) り給ふか。 詳 ( つばら ) に 告 ( の ) らせ給へと 奏 ( まう ) す。其の時院の 御 ( み ) けしきかはらせ給ひ、汝聞け、帝位は人の 極 ( きはみ ) なり。 若 ( も ) し 人道 ( にんだう ) 上 ( かみ ) より乱す 則 ( とき ) は、天の 命 ( めい ) に応じ、 民 ( たみ ) の 望 ( のぞみ ) に 順 ( したが ) うて是を 伐 ( う ) つ。 抑 ( そもそも ) 五一 永治 ( えいぢ ) の昔、 犯 ( をか ) せる 罪 ( つみ ) もなきに、 五二 父 帝 ( みかど ) の 命 ( みこと ) を 恐 ( かしこ ) みて、三歳の 五三 体仁 ( としひと ) に 代 ( よ ) を 禅 ( ゆづ ) りし心、人慾深きといふべからず。体仁 早世 ( さうせい ) ましては、 朕 ( わ ) が 皇子 ( みこ ) の 五四 重仁 ( しげひと ) こそ国しらすべきものをと、 朕 ( われ ) も人も思ひをりしに、 五五 美福門院 ( びふくもんゐん ) が 妬 ( ねたみ ) に 五六 さへられて、四の宮の 五七 雅仁 ( まさひと ) に 代 ( よ ) を 簒 ( うば ) はれしは深き 怨 ( うらみ ) にあらずや。重仁 五八 国しらすべき才あり。雅仁何らのうつは物ぞ。人の徳をえらばずも、 天 ( あめ ) が 下 ( した ) の事を 五九 後宮 ( こうきゆう ) にかたらひ給ふは 父帝 ( ちちみかど ) の罪なりし。されど世にあらせ給ふほどは 孝信 ( かうしん ) をまもりて、 六〇 勤 ( ゆめ ) 色 ( いろ ) にも出さざりしを、 崩 ( かく ) れさせ給ひてはいつまでありなんと、 武 ( たけ ) きこころざしを 発 ( おこ ) せしなり。 六一 臣として君を 伐 ( う ) つすら、天に応じ民の 望 ( のぞみ ) にしたがへば、 六二 周 ( しう ) 八百年の 創業 ( さうげふ ) となるものを、まして 六三 しるべき 位 ( くらゐ ) ある身にて、 六四 牝鶏 ( ひんけい ) の 晨 ( あした ) する 代 ( よ ) を取つて 代 ( かは ) らんに、道を失ふといふべからず。汝、 六五 家を出でて 仏 ( ほとけ ) に 婬 ( いん ) し、 六六 未来 ( みらい ) 解脱 ( げだつ ) の利慾を願ふ心より、 六七