Omoide — Kitahara Hakushū
思ひ出 [#ページの左右中央] この小さき抒情小曲集をそのかみのあえかなりしわが母上と、愛弟 Tinka John に贈る。 Tonka John. [#改丁] [#改丁] わが生ひたち …………時は逝く、何時しらず柔らかに影してぞゆく、 時は逝く、赤き蒸汽の船腹の過ぎゆくごとく。 (過ぎし日第二十) 1 時は過ぎた。さうして温かい 苅麥 ( かりむぎ ) のほめきに、赤い 首 ( くび ) の螢に、或は青いとんぼの眼に、黒猫の美くしい毛色に、謂れなき不可思議の愛着を寄せた私の幼年時代も何時の間にか慕はしい「思ひ出」の哀歡となつてゆく。 捉へがたい感覺の記憶は今日もなほ私の心を 苛 ( いら ) だたしめ、恐れしめ、歎かしめ、苦しませる。この小さな抒情小曲集に歌はれた私の十五歳以前の Life はいかにも幼稚な 柔順 ( おとな ) しい、然し飾氣のない、時としては淫婦の手を恐るゝ赤い石竹の花のやうに無智であつた。さうして驚き易い私の皮膚と靈はつねに 螽斯 ( きりぎりす ) の薄い四肢のやうに新しい發見の前に喜び顫へた。兎に角私は感じた。さうして生れたまゝの水々しい五官の感觸が私にある「神秘」を傅へ、ある「懷疑」の萠芽を微かながらも泡立たせたことは事實である。さうしてまだ知らぬ人生の「秘密」を知らうとする幼年の本能は常に銀箔の光を放つ水面にかのついついと跳ねてゆく水すましの番ひにも 震※ ( わなな ) [#「りっしんべん+粟」、U+619F、X-8] いたのである。 尤も、私は過去追憶にのみ 生 ( い ) きんとするものではない。私はまたこの現在の生活に不滿足な爲めに美くしい過ぎし日の世界に、懷かしい靈の避難所を見出さうとする弱い心からかういふ詩作にのみ耽つてゐるのでもない。「思ひ出」は私の藝術の半面である。私は同時に「邪宗門」の象徴詩を公にし、今はまた「東京景物詩」の製作にも從ふてゐる。從てその一面をのみ觀て、輕々にその傾向なり詩風なりを速斷せらるゝほど作者に取つて苦痛なことはない。如何なる人生の姿にも矛盾はある。影の形に添ふごとく、開き盡した牡丹花のかげに昨日の薄あかりのなほ顫へてやまぬやうに、現實に執する私の心は時として一碗の 査古律 ( ちよこれーと ) に蒸し熱い郷土のにほひを嗅ぎ、幽かな 芙藍 ( さふらん ) の凋れにある日の未練を殘す。見果てぬ夢の歎きは目に見えぬ銀の鎖の微かに過去と現在とを繼いで慄くやうに、つねに忙たゞしい生活の耳元に啜り泣く。さはいへ此集の第三章に收めた「おもひで」二十篇の追憶體は寧ろ「邪宗門」以前の詩風であつた。まだ現實の痛苦にも思ひ到らず、ただ羅漫的な氣分の、何となき追憶に耽つたひとしきりの夢に過ぎなかつた。さりながら「生の芽生」及「Tonka John の悲哀」に輯めた新作の幾十篇には幼年を幼年として、自分の感覺に抵觸し得た現實の生そのものを拙ないながらも官能的に描き出さうと欲した。從つて用ゐた語彙なり手法なりもやはり現在風にして試みたのである。畢竟自叙傳として見て欲しい一種の感覺史なり性慾史なりに外ならぬ。實際私は過去を全く今の自分から遊離したものとして追慕するよりも、充實した現在生活の根底を更に力強く印象せしめんが爲に、兎に角過去といふわが第一の烙印を自分で力ある額の上に烙きつけようと欲したのである。とはいふものゝ、私はなほこの小さな詩集の限りある紙面に於て企畫した事の十分の一も描寫し得なかつたのを悲しむ。幼ない昔は兎に角秘密多き少年時代の感情生活はまだ/″\複雜であり神經的である。私はなほ何らかの新らしい形式の上にその切ないほど怪しかつた感覺の負債が充分に償ひ得べき何らかの新らしい機會の來らんことを待つ。 「斷章」の六十一篇は「邪宗門」と同時代の小曲であつてその以後の新風ではない。それは恰度強い印象派の色彩のかげに微かなテレピン油の潤りのさまよふてゐるやうに彼の集のかげに今なほ見出されずして顫へてゐたものである。私はかの私の抒情の「歌」とゝもにこの「斷章」のやうな仄かな藝術品が「邪宗門」や「東京景物詩」やその他の異なつた象徴詩の間にも、なほ純なるわかき日の悲しみを頼りなく伴奏しつゝあつた事をせめて首肯して欲しいのである。 私は兎に角、可憐なさうして手ごろの小さい抒情小曲集を、私のなつかしい人々の手に献げたいと思つて、なるべく自分に親しみの深い、穉い時代の「思ひ出」を茲に集めた。從て私の生ひたちなり、生れた郷土の特色なり、豫め多少は知つて戴く必要がある。 2 私の郷里柳河は水郷である。さうして靜かな廢市の一つである。自然の風物は如何にも南國的であるが、既に柳河の街を貫通する數知れぬ 溝渠 ( ほりわり ) のにほひには日に日に廢れゆく舊い封建時代の白壁が今なほ懷かしい影を映す。肥後路より、或は久留米路より、或は佐賀より筑後川の流を超えて、わが街に入り來る旅びとはその周圍の大平野に分岐して、遠く近く瓏銀の光を放つてゐる幾多の人工的河水を眼にするであらう。さうして歩むにつれて、その水面の隨所に、菱の葉、蓮、眞菰、河骨、或は赤褐黄緑その他樣々の浮藻の強烈な更紗模樣のなかに微かに淡紫のウオタアヒヤシンスの花を見出すであらう。水は清らかに流れて廢市に入り、廢れはてた Noskai 屋(遊女屋)の人もなき厨の下を流れ、洗濯女の白い洒布に注ぎ、水門に堰かれては、三味線の音の緩む晝すぎを小料理屋の黒いダアリヤの花に歎き、酒造る水となり、 汲水 ( くみづ ) 場に立つ湯上りの素肌しなやかな肺病娘の唇を嗽ぎ、氣の弱い鵞の毛に擾され、さうして夜は觀音講のなつかしい提燈の灯をちらつかせながら、 樋 ( ゐび ) を隔てゝ海近き 沖 ( おき ) ノ 端 ( はた ) の 鹹川 ( しほかわ ) に落ちてゆく [#「落ちてゆく」は底本では「落ゆちてゆく」] 、靜かな幾多の溝渠はかうして昔のまゝの白壁に寂しく光り、たまたま芝居見の水路となり、蛇を奔らせ、變化多き少年の秘密を育む。水郷柳河はさながら水に浮いた灰色の柩である。 * 折々の季節につれて四邊の風物も改まる。短い冬の間にも見る影もなく汚れ果てた田や畑に、刈株のみが鋤きかへされたまゝ色もなく乾き盡くし、羽に白い斑紋を持つた怪しげな 高麗烏 ( かうげがらす ) (この地方特殊の鳥)のみが廢れた寺院の屋根に鳴き叫ぶ、さうして青い股引をつけた 櫨 ( はじ ) の實採りの男が靜かに暮れゆく卵いろの梢を眺めては無言に手を動かしてゐる外には、展望の曠い平野丈に何らの見るべき變化もなく、凡てが陰鬱な光に被はれる。柳河の街の子供はかういふ時幽かなシユブタ(方言、 鮠 ( はえ ) の一種)の腹の閃めきにも話にきく 生膽取 ( いきゞもとり ) の青い眼つきを思ひ出し、海邊の黒猫はほゝけ果てた白い穗の限りもなく戰いでいる枯葦原の中に、ぢつと蹲つたまゝ、過ぎゆく冬の囁きに晝もなほ耳かたむけて死ぬるであらう。 * いづれにもまして春の季節の長いといふ事はまた此地方を限りなく悲しいものに思はせる、麥がのび、見わたす限りの平野に黄ろい菜の花の毛氈が柔かな軟風に薫り初めるころ、まだ見ぬ幸を求むるためにうらわかい町の娘の一群は笈に身を窶し、哀れな巡禮の姿となつて、初めて西國三十三番の札所を旅して歩く。(巡禮に出る習慣は別に宗教上の深い信仰からでもなく、單にお嫁め入りの資格としてどんな良家の娘にも必要であつた。)その留守の間にも水車は長閑かに り、町端れの飾屋の爺は大きな鼈甲縁の眼鏡をかけて、怪しい金象眼の愁にチンカチと鎚を鳴らし、片思の 薄葉鐵 ( ぶりき ) 職人はぢり/″\と赤い封蝋を溶かし、黄色い支那服の商人は生温い挨拶の言葉をかけて戸毎を覗き初める。春も半ばとなつて菜の花もちりかゝるころには街道のところどころに木蝋を 平準 ( なら ) して干す畑が蒼白く光り、さうして 狐憑 ( きつねつき ) の女が他愛もなく狂ひ出し、野の隅には粗末な蓆張りの圓天井が造られる。その芝居小屋のかげをゆく馬車の喇叭のなつかしさよ。 さはいへ大麥の花が咲き、からしの花も 實 ( み ) となる 晩春 ( ばんしゆん ) の名殘惜しさは青くさい芥子の 萼 ( うてな ) や新らしい 蠶豆 ( そらまめ ) の香ひにいつしかとまたまぎれてゆく。 まだ夏には早い五月の 水路 ( すゐろ ) に杉の葉の飾りを取りつけ初めた大きな 三神丸 ( さんじんまる ) の一部をふと學校がへりに發見した沖ノ端の子供の喜びは何に譬へよう。艫の方の化粧部屋は 蓆 ( むしろ ) で張られ、昔ながらの廢れかけた舟舞臺には櫻の造花を隈なくかざし、欄干の三方に垂らした 御簾 ( みす ) は 彩色 ( さいしき ) も褪せはてたものではあるが、水天宮の祭日となれば粹な町内の若い衆が紺の 半被 ( はつぴ ) に棹さゝれて、幕あひには笛や太鼓や三味線の囃子面白く、町を替ゆるたびに幕を替え、日を替ゆるたびに歌舞伎の 藝題 ( げだい ) もとり替えて、同じ水路を上下すること三日三夜、見物は皆あちらこちらの溝渠から小舟に棹さして集まり、華やかに水郷の歡を盡くして別れるものゝ、何處かに頽廢の趣が見えて祭の濟んだあとから夏の哀れは日に日に深くなる。 この騷ぎが靜まれば柳河にはまたゆかしい螢の時季が來る。 あの眼の光るは 星か、螢か、鵜の鳥か、 螢ならばお手にとろ、 お星樣なら拜みませう………… 穉 ( おさな ) い時私はよくかういふ子守唄をきかされた、さうして恐ろしい夜の闇にをびえながら、乳母の 背中 ( せなか ) から手を出して例の首の赤い螢を握りしめた時私はどんなに好奇の心に顫へたであらう。實際螢は地方の名物である。馬鈴薯の花さくころ、街の小舟はまた幾つとなく矢部川の流れを溯り初める。さうして甘酸ゆい燐光の息するたびに、あをあをと 眼 ( め ) に 沁 ( し ) みる螢籠に美くしい 假寢 ( かりね ) の夢を時たまに閃めかしながら水のまにまに夜をこめて流れ下るのを習慣とするのである。 * 長い霖雨の間に 果實 ( くだもの ) の樹は孕み女のやうに重くしなだれ、ものゝ卵はねば/″\と 瀦水 ( たまりみづ ) のむじな 藻 ( も ) にからみつき、蛇は木にのぼり、眞菰は繁りに繁る。柳河の夏はかうして凡ての心を重く暗く腐らしたあと、池の 邊 ( ほとり ) に鬼百合の赤い閃めきを先だてゝ、 ( や ) くが如き暑熱を注ぎかける。 日光の直射を恐れて羽蟻は飛びめぐり、溝渠には水涸れて惡臭を放ち、病犬は朝鮮薊の紫の刺に 後退 ( あとしざ ) りつゝ 咆 ( ほ ) え り、蛙は蒼白い腹を仰向けて死に、泥臭い鮒のあたまは苦しさうに泡を立てはじめる。七八月の炎暑はかうして平原の到るところの街々に激しい 流行病 ( はやりやまひ ) を仲介し、日ごとに夕燒の赤い反照を浴びせかけるのである。 この時、海に最も近い沖ノ端の 漁師原 ( れふしばら ) には男も女も半裸體のまゝ紅い西瓜をむさぼり、石炭酸の強い異臭の中に晝は寢ね、夜は病魔退散のまじなひとして廢れた 街 ( まち ) の中、或は 堀 ( ほり ) の柳のかげに BANKO(椽臺)を持ち出しては盛んに花火を揚げる。さうして朽ちかゝつた家々のランプのかげから、死に 瀕 ( ひん ) した 虎列拉 ( コレラ ) 患者 ( くわんじや ) は恐ろしさうに蒲團を 匍 ( は ) ひいだし、ただぢつと 薄 ( うす ) あかりの 中 ( うち ) に色 變 ( か ) えてゆく五色花火のしたゝりに疲れた瞳を集める。 燒酎の不攝生に人々の胃を犯すのもこの時である。犬殺しが 歩 ( あ ) るき、 巫女 ( みこ ) が酒倉に見えるのもこの時である。さうして雨乞の思ひ思ひに白粉をつけ、 紅 ( あか ) い隈どりを凝らした假裝行列の日に日に幾隊となく續いてゆくのもこの時である。さはいへまた久留米絣をつけ新らしい 手籠 ( てかご ) を 擁 ( かゝ ) えた菱の實賣りの娘の、なつかしい「菱シヤンヨウ」の呼聲をきくのもこの時である。 * 九月に入つて登記所の庭に黄色い鷄頭の花が咲くやうになつてもまだ 虎列拉 ( コレラ ) は止む氣色もない。若い町の辯護士が 忙 ( いそが ) しさうに粗末な硝子戸を 出入 ( ではい ) りし、蒼白い藥種屋の娘の亂行の漸く人の噂に上るやうになれば秋はもう青い澁柿を搗く酒屋の杵の音にも新らしい匂の爽かさを忍ばせる。 祗園會が了り秋もふけて線香を 乾 ( かわ ) かす家、からし油を 搾 ( しぼ ) る店、パラピン蝋燭を造る娘、提燈の繪を描く義太夫の師匠、ひとり飴形屋( 飴形 ( あめがた ) は飴の一種である、柳河特殊のもの)の二階に取り殘された旅役者の女房、すべてがしんみりとした氣分に物の哀れを思ひ知る十月の末には、先づ秋祭の準備として柳河のあらゆる溝渠はあらゆる市民の手に依て、一旦水門の扉を閉され、水は 干 ( ほ ) され、魚は 掬 ( すく ) はれ、腥くさい水草は取り除かれ、 溝 ( どぶ ) どろは奇麗に浚ひ盡くされる。この「水落ち」の樂しさは町の子供の何にも代へ難い季節の華である。さうしてこの一 騷 ( さわ ) ぎのあとから、また 久闊 ( ひさし ) ぶりに清らかな水は廢市に注ぎ入り、樂しい祭の 前觸 ( まへぶれ ) が、異樣な 道化 ( どうげ ) の服裝をして、喇叭を鳴らし拍子木を打ちつゝ、 明日 ( あす ) の芝居の 藝題 ( げだい ) を面白ろをかしく披露しながら町から町へと巡り歩く。 祭は町から町へ日を異にして準備される、さうして彼我の家庭を擧げて往來しては一夕の愉快なる團欒に美くしい懇親の情を交すのである。加之、識る人も識らぬ人も醉うては無禮講の風俗をかしく、 朱欒 ( ざぼん ) の實のかげに幼兒と 獨樂 ( こま ) を 囘 ( ま ) はし、戸ごとに酒をたづねては浮かれ歩く。祭のあとの寂しさはまた格別である。野は火のやうな櫨紅葉に百舌がただ啼きしきるばかり、何處からともなく 漂浪 ( さすら ) ふて來た 傀儡師 ( くぐつまはし ) の肩の上に、生白い 華魁 ( おいらん ) の首が、カツクカツクと眉を振る物凄さも、何時の間にか人々の記憶から掻き消されるやうに消え失せて、寂しい寂しい冬が來る。 * 要するに柳河は廢市である。とある街の辻に