文壇の権力者 — Epoche C2
場面設定: パリ・サン=ジェルマン=デ=プレの古いサロン、春の宵。フランス人作家フィリップと、彼の長年の担当編集者ヴァレリーが、シャブリを傾けながら、文壇の現代の最大権力者R氏について、上品な陰口を交わす。 ヴァレリー、シャブリの2018年、よく選んでくれた。今日のサロンはR氏の話題で持ち切りだったね。彼が今期のゴンクール賞の予選通過作品を、ほぼ単独で決めたという噂、君は事実だと思うかい。 フィリップ、噂の8割は真実、というのが文壇の経験則ね。R氏の影響力は、選考委員会の名簿には載らないけれど、選考の前夜に各委員と個別に夕食を取る、という習慣が定着しているそうよ。委員たちは、自分が独立した判断者だと信じている。R氏は、その信念を尊重する形で、判断を方向づける。これが、彼の権力技術の核ね。 「独立した判断者の信念を尊重する形で方向づける」――これは、ブルデューが「芸術の規則」で論じた、文化的場の権力作用の現代版そのものだ。20年代のアンドレ・ジッドや、戦後のサルトルとは違って、R氏は、見えない場所から場を編成する。可視性のない権力ほど、攻撃しにくい。 可視性のない権力――これがR氏の最大の優位ね。ジッドは少なくとも、自分の名前で「贋金つくり」を書いて、自分の影響力を本に縛り付けた。R氏は、自分の名前では2000年以降、何も書いていない。書かないことで、評価されない位置に身を置き、評価する側に回り続けている。 「書かないことで評価されない位置に身を置く」――これは、プルーストが「囚われの女」で、サロンの真の権力者を描いた手法そのもの。発言よりも沈黙、出席よりも欠席が、より強い意味を持つ世界。プルーストの時代から100年、構造は驚くほど変わっていない。 むしろ、デジタル時代になって、構造はより洗練されたかもしれない。R氏はSNSをいっさい使わない、しかしSNSの動向を毎朝3時間チェックしている、と複数の編集者から聞いた。彼はデジタル時代の沈黙、を完成させたのよ。「いない」ふりをしながら、誰よりも「いる」存在。 「デジタル時代の沈黙」――この命名、後のエッセイに使わせてもらおう。R氏のような人物が30年も継続できるのは、文壇全体の構造が、彼のような中継ぎを必要としているからでもある。賞、評論、出版社、書評欄、これらを横断して情報を編集する人物がいないと、文壇は機能しない。彼は、その負担を引き受けている、とも言える。 引き受けている、というのは、半分慈悲、半分皮肉でしょう。R氏は権力を引き受けたのではなく、権力に住み着いた、というほうが正確ね。ただ、住み着いた人物がいないと、確かに文壇は混乱する。あなたのような小説家にとっては、迷惑とありがたさが半々の存在ね。 迷惑とありがたさが半々――これは僕の本音だ。20年前、僕の処女作が彼の推薦で書評欄に載ったときは、感謝と恐怖が同時に来た。彼に推薦されることは、彼の派閥に組み込まれることでもある。一度組み込まれると、抜けることは事実上不可能。これが、出版界の最大のタブー。 タブーを破るとどうなるか――これは、過去20年、3、4の作家が試みた。皆、書く媒体を失うか、賞の予選を10年連続で落とされるか、書評欄から名前を消されるか、何らかの形で文壇から退場した。フィリップ、あなたが今、シャブリを楽しめるのは、あなたが組み込まれたまま、20年仕事を続けてきたからよ。 ……鋭い指摘だね。僕はR氏の派閥を批判する小説を書きながら、同時にR氏の派閥に守られて書き続けている。これは矛盾だが、ある意味で文壇の唯一の生存戦略でもある。「敵の中で書く」というのは、ヴァレリー、君の編集の名言だが、それは結局、敵に守られる構造を引き受けるという意味だ。 「敵に守られる」――これは、編集者として25年、書き続けてきた人を見守った経験から、ほぼ普遍的な真実。完全に独立した作家、というのは、文壇には存在しない。皆、誰かの庇護下で書いている。違いは、自分が誰の庇護下にいるかを意識しているかどうかだけ。 「自分が誰の庇護下にいるかを意識する」――これは、編集者の倫理であると同時に、作家の倫理でもある。R氏の派閥に守られていることを意識しながら書く、というのは、無意識に守られて書くより、はるかに難しい。今夜、君とこうして話せたから、明日からの執筆姿勢が、少し変わると思う。 姿勢が変わるなら、シャブリは無駄ではなかったね。ところで、フィリップ、もう一つ言っておくべき情報がある。今聞いたばかりの噂なのだけれど、来期のフェミナ賞、あなたの最新作が、R氏の派閥から強く推されているらしいのよ。あなたが今夜、彼を上品に陰口するのと、彼があなたを賞に推すのが、同時並行で進行している。これが、文壇の現代の風景。 ……ヴァレリー、それを聞いて、シャブリのグラスが少し重くなったよ。陰口の途中で陰口の対象から推薦される、これはほぼ完璧な皮肉だ。受けるか、辞退するか――いや、辞退する選択肢はない、ということ自体が、僕がすでに組み込まれていることの証明だね。受けます、と編集者に伝えてくれ。文壇の風景の中に、また一筆、僕の名前が刻まれることになる。 解説: R氏の権力構造をブルデュー的・プルースト的に分析する上品な陰口。「デジタル時代の沈黙」「敵に守られる」と命名が積み重なる中、14ターン目で編集者が「あなたも彼の派閥から推されている」と話者自身を陰口の構造に巻き込む反転――作家は陰口を続けながら、その対象に守られている自分を直視せざるを得ない。サロン的陰口の最終形:陰口する者と陰口される者の境界の消失。