The Stranger at the Door — Hospitality as a Wound You Keep Open — Epoche C2
場面設定: 冬の夜の、『歓待の家』——身寄りなく辿り着いた者たちのための、古びた共同住居。玄関の電球が、凍てつく闇に、ひとつ、黄色く灯っている。中の廊下には、寄付された毛布の山、湯気の立つ大鍋、靴の列。あらゆる部屋が、簡易ベッドで、埋まっている。そして、開いた玄関の、すぐ外、暗がりの中に、たった今辿り着いた一家——母親と、毛布にくるまれた幼い子ども二人、杖をついた祖父——が、寒さに、身を寄せ合って、立っている。六十年前、難民の子どもとして、まさにこのような戸口に立ち、いまは、この家を三十年率いてきたサミルさん(七十代、すり切れたカーディガン、温和だが、揺るがぬ目、手にはまだ、外の冷気が残っている)と、移民政策を担う自治体の高官として、定員超過の査察に来たケラーさん(四十代、きちんとしたコート、点検表を挟んだ書類ばさみ、けれど、その目は、廊下の一家から、離れられずにいる)。戸口から、冷たい風が、細く、吹き込んでくる。 今しがた、戸口から、戻ってきたところです。一家が——母親、子ども二人、祖父が——一時間前に、寒さの中、何一つ持たずに、辿り着いた。そして、この家は、満杯です。寝床は、一つ残らず、ふさがっている。規則では、私は、彼らを、受け入れられない。そして、あなたは、その規則を、執行しに、いらした。(と、ケラーのほうを向く)六十年前、ケラーさん、私は、あのような戸口に、立っていました。子どもで、寒さの中、何一つ、持たずに。誰かが、それを、開けてくれた。それが、今夜、私が、あなたと議論できるだけ、生きている、ただ一つの理由です。だから、あなたが、私に、規則を告げる前に、訊かせてください——戸口とは、いったい、何の『ために』、あるのですか。 あなたの来歴は、存じています、サミルさん——だからこそ、職員を寄こさず、私自身が、参ったのです。そして、それを、侮辱するつもりは、ありません。けれど、あなたは、答えが、自明であるかのように、問いを立てた。そして、それは、自明では、ない。戸口は、開けるためにあり、『かつ』、閉じるためにある——それこそが、それを、壁の穴ではなく、戸口に、しているものです。あなたの背後の家が、満杯なのは、あなたが、もう百回、それを開けてきたからだ。この一家を入れれば、中の誰かが、寝床を失うか、暖房が落ちるか、床が抜ける。そうなれば、あなたは、一家を救ったのでは、ない。あなたは、救命ボートを、沈めたのです。定員を無視した思いやりは、思いやりでは、ありません。それは、ただ、別のやり方で、人を、死なせることです。 『救命ボート』——歴史上、閉じられた戸口は、ことごとく、救命ボートを口実に、正当化されてきました。そして、私は、それを、退けはしない。家は、本当に、満杯だ——その部分は、現実です。けれど、あなたが、何をしたかを、お聞きなさい。あなたは、戸口の異邦人を、一つの『合計』に、変えてしまった。既存の住人に対する、一つの危険に。そして、異邦人が、合計に、なった瞬間、歓待は、すでに、死んでいるのです。なぜなら、歓待は、決して、算術では、なかったからです。揺籃期を生き延びた、どの文化も、これを知っていた——ギリシア人は、それを、客人歓待(クセニア)と呼び、それは、神聖で、神々自身によって、執行された。なぜなら、戸口の異邦人は、姿を変えた神かもしれず、そして、一つの民の値打ちは、自分に対して、何一つ請求権を持たぬ者を、どう扱うかで、測られたからです。 独り歩く者の世界には、美しい考えですね——一人の異邦人が、年に一度、それを吸収できる一つの世帯の戸口に、立つ。けれど、それは、私たちの世界では、ない。私たちの世界は、数百万の人の、移動であり、その世帯は、有限の住居、有限の学校、有限の忍耐を持つ、一つの国です。国境を、『オデュッセイア』では、運営できないのですよ、サミルさん。異邦人への古い義務が、可能だったのは、まさに、異邦人が、稀だったからです。規模は、道徳を、変える。ひと雫の歓待は、美徳ですが、その洪水は、政策であり、そして、政策は、数えねば、ならない。 規模は、『段取り』を変える。それが、道徳を変えるかは、私には、確かではないし、それこそが、近代国家が、安らかに眠るために、自らに語る嘘だと、私は思います。ええ——私たちは、全員を、受け入れることはできない。それは本当で、私は、その逆を、ふりはしません。けれど、『全員は受け入れられない』が、いかに、たやすく、『誰一人受け入れる必要はない』へと、変わるか、定員の言葉が、いかに、たやすく、閉じた戸口の、収容所の、溺れた者で満ちた海の、建築になるかを、見てごらんなさい。デリダは、その罠を、見抜いていた。本当の歓待は、無条件だ、と彼は言った——あなたは、その者の名を、番号を、あなたへの有用性を、知る『前に』、その他者を、迎え入れる。あなたが、『書類を見せろ、脅威でないと証明しろ、列に並んで待て』と言った瞬間——あなたは、歓待を、取引に、置き換えたのです。あなたは、異邦人を、もてなしてはいない。あなたは、申請者を、処理しているんですよ。 では、デリダの歓待は、幻想で、しかも、危険な幻想です。無条件の歓待——名もなく、番号もなく、限りもなく——は、美徳ではない。それは、歓待しうる、まさにその当のものの、終わりです。戸口のない家は、誰も、宿すことができない。何もかもを与えてしまう主人は、夜が明ければ、自身が、他人の戸口に立つ、一人の異邦人だ。あなたは、不可能の上に、政治を、築くことは、できないのですよ。 (と、ひと呼吸おいて)……そして、そこで、あなたは、これまでで、最も真実なことを、言いました。そして、それは、私の側が、忘れることです。あなたは、正しい。政策として捉えれば、無条件の歓待は、不可能で、自滅的だ。決して閉じない戸口は、戸口では、ない。私は、ここに、三十年、立ってきました。全員は救えないこと、そして、壁のない歓待の家は、誰一人、救わないことを、骨の髄まで、知っています。 では、私たちは、合意します。歓待は、条件つきで、なければならない。そして、条件は、数えられねば、ならない。 前半には合意し、後半については、墓まで、あなたと闘いますよ。なぜなら、デリダが、本当に意味したことは、これで、それは、幻想では、ない——それは、この部屋で、最も実際的なことだからです。無条件の歓待は、『政策』では、ない。それは、規制的理念です——あなたが、これまでに差し出す、あらゆる現実の、条件つきの、有限の歓待を、裁き、揺さぶり、決して、安んじさせない、その役目だけを持った、一つの、不可能な基準。あなたは、全員を、迎えることはできない。けれど、その無条件の要求こそが、あなたを、誰一人迎えないことから、引き止める、ただ一つのものなのです。それは、閉じた戸口の良心に、刺さった、棘です。それを、取り去り——歓待を、純粋に、定員と計数の問題に、してしまえば——一世代のうちに、あなたの国境は、溺れた子どもに、何も感じない人々によって、運営される。なぜなら、彼らには、救命ボートは満杯だと告げる表計算があり、そして、彼らは、その表計算が、痛むはずのものだったことを、忘れてしまったからです。 ……その表計算は、痛むはずのものだった。(と、声を落として)私も、一つ、つけているんです、ご存じですか。私が、退去命令に、署名する。そして、私は、十五年かけて、それらを、感じないように、自分を、訓練してきた。なぜなら、毎回、感じていたら、私が、壊れてしまうからです。あなたは、その『感じないこと』が、専門家の態度では、ない、と仰っている。それは、病なのだ、と。 私が、お伝えしているのは、それが、『同じ』病だ、ということです——残忍な男の顔をまとおうと、疲れた役人の顔をまとおうと。閉じた戸口の病とは、あなたが課す、あらゆる条件が、一つの傷であることを、忘れることです。カントが——よりにもよって、これまで生きた中で、最も規則に縛られた男が——それを見ていた。彼は言った。異邦人には、他者の土地に到着するにあたり、敵意をもって扱われない、一つの権利がある、と。彼は、それを、世界市民法と呼び、そして、慎重でした——それは、永遠に留まる権利では、なく、無条件の居住権では、ない。それは、最小限の、神聖な、土台です。すなわち、戸口で、死へと、追い返されない権利。その土台より下では、いかなる条件も、正当では、ない。あなたは、『ここではない、今ではない、家は満杯だ』と、言わねばならぬことが、あるかもしれない。けれど、あなたは、決して、『お前は、私の知ったことではない』と、言ってはならないのです。 けれど、実際には、その二つは、互いに、崩れ落ちる。『ここではない、今ではない』は、『私の見えないどこかへ行って、溺れろ』なのです。正直な役人は、丁寧な条件と、残忍な結末とが、しばしば、同じ一つの行為であることを、知っている。 そうです。そして、その知——あなたの条件が傷つけること、あなたの満杯の家が、戸口の一家を溺れさせること、これに、清らかな版など、存在しないこと——『それ』こそが、戸口を、現実のものに、しかも同時に、人間的なものに、保つために、支払う代価なのです。何も感じない現実主義者は、麻痺することで、問題を、解決した。いかなる限界も認めぬ理想主義者は、嘘をつくことで、解決した。立つに値する、ただ一つの正直な場所は、あの、耐えがたい、中間です——閾を、保ち、『かつ』、それを、あなたが、受け入れられなかった異邦人の、絶え間ない告発の下に、保つこと。解決した問題としてではなく。開いたままにしておく、一つの傷として。廊下の先で、私の友が、私たちが追い返した、一家、一家の傷を、開いたままにしておくように、まさしく。 (しばしの沈黙ののち)……あなたは、六十年前、誰かが、あなたのために、戸口を開けた、と仰った。考えることは、ありますか——同じあの戸口の、同じあの夜の、追い返された、ほかの人々のことを。 毎日です。ほかにも、いたんですよ、ケラーさん。私は、六十年、こう知りながら、生きてきた——私が生きているのは、有限で、条件つきで、不完全な、一つの歓待が、たまたま、私の隣の子どもではなく、私の上に、降りかかったから、なのだ、と。そして、それこそが、私が、戸口を、最後まで閉じさせるわけにはいかない、まさにその理由であり、そして、それが、最後まで開いたままでいられるふりが、できない、まさにその理由なのです。私は、条件つきの歓待が、現実であり、闘う値打ちがある、その証です。そして、私の隣にいて、二度と会うことのなかった、あの子どもは、それが、決して、決して、十分ではない、その証なのです。両方。それが、ことの全てです。迎えられた異邦人と、追い返された異邦人が、同じ一つの体の中に、生きていて、そして、その体が、三十年、この家を、運営してきたのですよ。 (廊下のほうへ、目をやって)……彼らに、寝床は、ありません。それは、本当です。私は、各室を、見ました。あなたは、定員一杯で、それを超えている。そして、もし、私が、自分の職務を、まっとうするなら、私は、それを、書き立てて、今夜、ここを、閉鎖するでしょう。(と、長い沈黙)こう、書いておきます。私は、宿舎を、点検し、満室であると、認めた、と。廊下の一家のことは、書きません。私は、廊下に、一家など、見ませんでした、サミルさん。そして、明日、あなたと私は、小さすぎる、一つの建物について、実に、難しい会話を、します——けれど、その会話は、朝に、起きるもので、一家は、今、寒さの中に、いる。(と、立ち上がる)彼らを、あなたの執務室に、入れなさい。必要なら、私のに、入れなさい。私は、月曜までに、寝床を、見つけるか、職を失うか、どちらかで、そして、どちらにしても、私は、何年ぶりかで、よく眠れるでしょう。(と、戸口で、振り返る)あなたは、私に、戸口とは何のためにあるか、と訊いた。私は、十五年、それを閉じることを、執行して、それが、答えのすべてだと、自分に、言い聞かせてきた。あなたは、私に、思い出させてくれた——戸口とは、一つの家が、自分が、何者に、なるかに、いまだ、驚かされうる、ただ一つの場所でもある、ということを。さあ——その戸を、開けなさい、サミルさん。私が、二人とも、後悔するようなことを、書いてしまう前に。彼らを、入れなさい。 解説: 冬の夜の『歓待の家』を舞台にした C2 級・十六ターンの弁証法。定員を超えた家の戸口に、寒さの中、たった今一家が辿り着き、彼らを入れるか否かが、論証の生きた実例になっている。正(歓待の側):六十年前に難民の子として戸口に立ち、いまこの家を率いるサミルの立場——戸口とは何のためか。異邦人を『合計』に変えた瞬間、歓待は死ぬ。クセニア(客人歓待)が示すように戸口の異邦人は神聖で、一つの民の値打ちは何の請求権も持たぬ者をどう扱うかで測られる。デリダの無条件の歓待——名や番号を問う前に他者を迎えよ。反(定員の側):移民政策の高官ケラーの立場——戸口は開くため『かつ』閉じるためにあり、定員を無視した思いやりは救命ボートを沈める。規模は道徳を変え、国境はオデュッセイアでは運営できない。無条件の歓待は不可能で自滅的(戸口のない家は誰も宿せない)。合:無条件の歓待は政策でなく規制的理念——あらゆる条件つきの有限の歓待を裁き揺さぶり、誰一人迎えないことから引き止める良心の棘。カントの世界市民法(到着時に敵意で扱われぬ神聖な最小の権利)が示す通り『ここではない今ではない』は言えても『お前は私の知ったことではない』は言えない。何も感じない現実主義者は麻痺で、限界を認めぬ理想主義者は嘘で問題を解決する。唯一正直な場所は耐えがたい中間=閾を保ちつつ、取れなかった異邦人の絶え間ない告発の下に、閉じてはならぬ傷として保つこと。最後は高官が『廊下に一家は見なかった』と規則の文言と慈悲の間で行動し、戸口とは家が自分の成る姿に驚かされうる唯一の場所だと悟る、へ収束する。 参考文献 Derrida, J. (2000). 『Of Hospitality(歓待について)』. Stanford: Stanford University Press. Kant, I. (1795). 『Zum ewigen Frieden(永遠平和のために)』. Königsberg. Homer. 『The Odyss