治療方針について別の医師に意見を求める — Epoche C1
場面設定: チューリッヒ大学病院の腫瘍専門外来、セカンドオピニオンの席。スイス人腫瘍専門医ミュラーと、乳癌2Bと診断されたパキスタン人患者ナジマ。 ミュラー先生、お時間をいただきありがとうございます。前医の診断と治療方針に関して、セカンドオピニオンを頂戴できればと参りました。 ナジマさん、ようこそお越しくださいました。まず、お送りいただいた病理レポートを踏まえた上で、前医の提案内容をお聞かせください。 乳癌ステージ2Bと診断されました。前医からは、両側乳房全摘+術後化学療法6ヶ月+放射線療法が提案されており、2週間以内に決断するよう求められています。 2週間での決断要求に関して、率直にお伝えさせていただきます。ステージ2Bは確かに重要な状態ですが、治療方針決定にはOncotypeDX、Ki67、HER2、BRCA遺伝子検査の4つが揃って初めて、過不足のない判断が可能になります。 ……それらの検査のうち、HER2のみ陰性と確認されておりますが、他の3つは実施されておりません。 申し上げにくいことですが、分子分類が不十分なまま、両側全摘という侵襲の大きい術式を選択するのは、過剰治療の可能性を踏まえざるを得ません。特に予後予測に関しては、OncotypeDXの21遺伝子スコアが重要です。 前医は「早期の全摘が最も安全」と強調されていました。過剰治療の可能性という視点は、初めて伺いました。 具体的に申しますと、OncotypeDXスコアが18以下、BRCA陰性、そしてKi67が15%未満であれば、乳房温存手術+放射線療法+ホルモン療法で、全摘と同等の10年生存率が得られるというデータが複数のRCTから出ております。NEJM2018年・Lancet2021年いずれも同様の結論です。 ……温存という選択肢自体が、前医からは提示されていませんでした。 提示されなかった、ということ自体を記録に残していただきたく存じます。追加検査2週間、結果判定次第で、温存か全摘かを決定する流れが医学的には標準です。2週間以内の決断要求に応じざるを得ない理由は、臨床的にはございません。 正直に申しますと、パキスタン系の背景から、前医が「あなたの文化では積極治療を望む傾向がある」と決めつけられた印象がございました。 それは、文化的ステレオタイプを治療判断に持ち込む態度であり、現代医学倫理から申し上げれば、看過できない問題です。治療選択は、文化背景ではなく、分子データと患者ご本人のご意向で決定される、というのが原則です。 ……ミュラー先生、追加検査、こちらで受けさせていただきたく存じます。結果次第で、温存を選ぶ権利を取り戻せるかもしれないと、今日初めて希望が見えました。 承知いたしました。本日、OncotypeDX・Ki67・BRCA検査の採取を行います。結果は10日前後で揃います。前医には、当院から連携書類を送付いたします。治療方針は検査結果次第でございますので、ご自身のご意向をその時点で改めて整理してまいりましょう。 解説: 前医の過剰治療バイアスが浮上する本音の漏れと、分子分類検査次第で身体温存が可能となる予想外の返し。「医療上の決断は標準より個別データの精査が先」――セカンドオピニオンの核心。