「コーヒーの淹れ方」 — Epoche C1
場面設定: メルボルン・カールトンの自宅キッチン、週末の朝。コーヒーへのこだわりが止まらない夫ジェームスと、現実派の妻ハンナ。 ハンナ、今日の豆はね、エチオピアのイルガチェフェ。浅煎りで、ベリーの香りが立つ。豆は使う直前に挽かなきゃ、酸化しちゃうから、これがまず原則。 はいはい、原則ね。私は普通にスーパーで買った粉のやつでもいいんだけど。 ハンナ、それはね、コーヒーじゃなくて「茶色いお湯」って言うんだよ。粒度はミディアムで、温度は92度。沸騰したばかりだと熱すぎて苦味が出ちゃうから、30秒待ってから注ぐ。 92度って、温度計まで使ってるの?それは初耳。 当然。蒸らしは30秒、その後3投に分けて、円を描くようにゆっくり注ぐ。総抽出時間は2分半。これを毎朝再現するのが僕の朝のルーチン。 すごい職人芸。じゃあ、私もたまに、その儀式を眺めながら座って待つ、ってことにする。 嬉しいね。週末の朝に、二人でちゃんと淹れたコーヒーを飲む。これって、ささやかだけど、贅沢な時間だと思うんだよ。 うん、それは認める。自分で淹れたコーヒーを誰かと飲む、って、確かに小さな幸せだよね。 ほら、できた。香りからして違うでしょ。これがイルガチェフェの本気。 ……で、結局、味は?私としては、うまいかどうかしか興味ないんだけど。 解説: 豆・粒度・温度・時間と、夫のこだわりが積み上がった末、妻の一言「結局、味は?」がすべての専門知を一瞬で水平化する。プロセスへの愛と結果への愛、価値観の小さな衝突を笑いに変える落ち。