The Checklist Is No Insult to the Master — On the Blind Spot Called Pride — Epoche C2
場面設定: 夜の、外科部長の執務室。死亡・合併症検討会がはねた直後で、先月の、防ぎえた一件の影が、まだ部屋に漂っている。壁には、額装された学位記、半世紀分の表彰状、若き日の白衣姿のモノクロ写真——『英雄的な達人』という一つのモデルへの、目に見える記念碑が、ずらりと並んでいる。机を挟んで、二人。一万一千件の手術を率い、その腕を国に知られた高名な外科医ヴェイル教授(七十代、糊のきいた白衣、銀縁の眼鏡、声には、議論に慣れた重み)と、二十年、旅客機を飛ばしたのち、病院の医療安全顧問に転じた元機長のリンドさん(四十代、紺のジャケット、膝には一枚のラミネートカードと、墜落事故から学んだ静かな確信)。窓の外の病棟は、当直の灯だけが、点っている。 (一枚のラミネート加工のカードを、机に置いて)十九項目、二分間、すべての切開の前に。先生、私は外科医ではありません。二十年、ジェット機を飛ばしてきた人間です。私が今日ここにいるのは、先月、この病院が、十五秒の間(ま)があれば防げたはずのことで、一人の患者さんを、失ったからです。 カード、ね。(と、手に取り、また置く)リンド機長、私は四十年で、一万一千件の手術をしてきました。どちらの腎臓を摘出するかを思い出すのに、ラミネートのカードなど、必要としません——それこそ、職人を、事務員に貶める類いの侮辱だ。機械は、チェックリストで仕込む。外科医は、二十年の判断で仕込むのです。私が、手術をするのにリストを要する日が来たら、それは、私が引退すべき日ですよ。 失礼ながら、先生、それは、私の業界が一九三五年に言ったことと、ほとんど一字一句、同じなのです。一人のテストパイロットが、当時、世界で最も先進的な航空機を、墜落させた。あまりに複雑で、ただ一人の人間の手には負えない機体だ、と彼らは結論づけた。彼らは、その機を、退役させることもできた。けれど、代わりに、数人のパイロットが、一枚のチェックリストを書いた。その『侮辱的な』小さなリストのおかげで、同じ機体が、一度の事故もなく、一千八百万マイルを飛んだのです。それを飛ばした男たちは、世界最高の腕利きでした。リストは、彼らの技量を、置き換えたのではない。それは、彼らの聡明で、しかし過負荷の頭脳が、運の悪い日には、忘れてしまう、ただ一本のボルトを、捕まえたのですよ。 航空機は、機械であり、互いに瓜二つだ。私の患者は、そうではない。二つとして同じ腹はなく、私は、あなたの操縦席が夢にも見ない驚きに、出くわすのです。チェックリストは、世界が、項目に列挙できるだけの間、じっと静止していることを、前提にしている。私の技のすべては、それが静止しないとき、どうするか、にあるのですよ。 そして、それこそが、よくできたチェックリストが拠って立つ、まさにその区別なのです——私は、あなたの『判断』を、カードに載せたりはしません。載せられるはずもない。ガワンデが、こういう言い方を借りてきました。問題には、単純なもの、込み入ったもの、そして複雑なものがある、と。複雑なもの——あの、驚きの腹腔、あなたにしか下せない判断——それは、あなたのもので、手の触れようがなく、どんなリストも、決してそこには届かない。けれど、チェックリストは、そのためのものではないのです。それは、単純なものと、込み入ったもののため——患者の確認はしたか、部位は、抗生剤は、ガーゼの数は。天才を必要としない、ばかばかしいほど分かりきった手順——そして、その天才こそが、まさに難所にかかりきりだからこそ、最も取り落としやすい手順、のためなのですよ。 しかし、私のチームは、その手順を知っている。私たちは、手を洗い忘れる素人では、ないのですよ。 先生——率直に申し上げてよろしいですか。一人の患者さんが、亡くなっているのですから。単純な手順を忘れるのは、決して、素人ではないのです。それは、熟練者です。よくある症例で、四百回目に、注意が、本来向かうべきところ——難所——へと向いていて、そして、その日常の手順は、記憶を頼りに流れていく。そして、記憶は、負荷の下では、嘘つきなのです。ジェームズ・リーズンは、生涯を、これに費やしました。彼ならこう言うでしょう。過誤は、あなたの外科医の人格にあったのではない。一人の聡明な人間が、一万一千回の機会にわたって、ある日常的な事柄を、ただの一度も、決して、忘れないことを当てにした、その『システム』にあったのだ、と。そんな人間は、どこにもいません。リストは、あなたの記憶への、誹りではない。記憶こそが、日常の手順には、間違った道具なのだ、という、ただの認識なのですよ。 (と、ひと呼吸おいて、声を落として)……あの日、私たちは、ガーゼの数えあげを、飛ばした。急ぎの症例では、いつも飛ばすのです。千回は飛ばして、そして、ついぞ、何も起きなかった。 そして、そこにこそ、あらゆる高リスクの仕事における、最も危険な一文があるのです——『いつも飛ばしているが、何も起きたためしがない』。ダイアン・ヴォーンは、爆発した宇宙往還機を研究し、それに名前を与えました——逸脱の常態化、と。手順を飛ばして、生き延びるたびに、飛ばすことが、より安全に感じられ、あなたが食いつぶしている余裕が、要らない余地のように感じられてくる。隠れた条件が、ずらりと一列に並ぶ、その日まで——リーズンの言う、スイスチーズの穴が、一度に、すべて重なり合う、その日まで。そして、あなたが千回飛ばしてきた、その手順こそが、それを捕まえたはずの、ただ一つの手順だった。安全だった千回は、あなたが安全だった証拠では、なかったのです。それは、罠が、閉じていく、その音だったのですよ。 (と、カードを裏返して)……つまり、あなたは、私が、自分で思っているより劣った外科医だ、と言っているのではない。あなたは、私が、いかなる人間の記憶も、一万回、寸分の狂いもなくこなすようには作られていない、ある事柄をやっている、一人の人間にすぎず、そして、助けなど要らぬという私の誇りこそが、その危険の、正確な形なのだ、と言っているのですね。 まさに、それです——そして、ここからが、あなたの誇りが、あのカード以上に、嫌うであろう部分です。航空が変えた、ただ一つの最大のものは、チェックリストではなかった。それは、『誰が、口を開いてよいか』でした。私たちは、かつて、申し分のない飛行機を、墜落させていた。副操縦士が、機長が致命的な誤りを犯すのを見ていながら、あまりに若輩で、あまりに従順で、それを声に出して言えなかったからです。私たちは、それを、権威勾配と呼びました——勾配が急すぎると、真実が、それを登れない。乗員資源管理は、それを平らにした——操縦席で最も若輩の者が、『機長、手順を一つ飛ばしました』と言うことが、許されるだけでなく、義務づけられたのです。あなたの手術室は、この建物で、最も急な権威勾配を持っている。あなたの看護師は、ガーゼの数えあげが飛ばされたのを、見ていた。彼女は、一言も、言わなかった。それは、なぜだと、お思いですか。 (ゆっくりと)……私が、四十年かけて、自分に異を唱えることを、考えられないことにしてきたからです。私が、あの沈黙を、築いた。私は、それを、敬意だと思っていた。あなたは、それが、私自身が据えつけた、一つの危険だった、と言っているのですね。 チェックリストの、最も静かな魔法は、それが、その仕事を、彼女の代わりに、やってくれることなのです。リストが、チームによって、毎回、声に出して読み上げられるなら、そのとき、立ち止まってガーゼの数えあげを確認することは、若輩の看護師が、敢えて、偉大なヴェイル教授に挑むこと、ではなくなる。それは、ただ、リストなのです。それは、怯えた人間が、自分自身には与えられない、許しを、与える。それは、あなたへの、鎖ではない。それは、部屋にいる、ほかのみんなのための、声なのです——あなたが、集中するあまり、見ることのできないものを、見ることのできる、人々のための。 なら、私は、四十年、ものごとを、あべこべに捉えていた。私は、チェックリストを、外科医が十分に優れていない、という告白だと思っていた。それは、正反対だ——それは、外科医が、その全頭脳を、彼にしかできない、ただ一つのことに、注ぎ込むことを、可能にするものだ。些事を、システムに、そして、見張りを、チームに、手渡すことによって。 それが、ことの全てです、先生。そして、あなたは、それを、私のスライドより、見事に言い表してくださった。悪いチェックリスト——どこかの管理者が、自分の身を守るために、あなたの上に落とす、四十項目のあれ——は、あなたの軽蔑に値します。それは、思考を、欄の埋め合わせに置き換え、人々に、それを頼りに崖から落ちることを、教える。けれど、よいものは、短く、その仕事をする人々によって書かれ、声に出して読まれ、そして、あなたの判断を、囲い込むためではなく、解き放つために、存在する。熟達とは、はじめから、助けを要さずにいられる能力では、なかったのです。それは、自分自身の、その聡明な頭脳が、確実に失敗する、当のものが何かを、正確に知ること——そして、その、ただ一つの崖の周りに、慎ましい小さな柵を建てられるだけの、強さを持つこと、なのですよ。 (と、今度こそ、ちゃんとカードを手に取り、読む)十九項目。二分間。(と、乾いた、負けを認める半笑い)四十年だ。そして、私の半分の歳のパイロットが、たった今、私に教えてくれた——あの手術室で、私にできる、最も勇敢なことは、声に出して、私の若い部下たちの前で、私は、忘れることのできる人間だ、と認めることだ、と。(と、カードを、胸ポケットに収める)月曜から、これを回しましょう——そして、最初の一回は、私自身が、声に出して読みます。それが、彼らへの鎖ではなく、私の許しなのだ、と、彼らに分かってもらえるように。(と、彼女を見る)もう一つ、機長。先月、何も言わなかった、あの看護師を。私のところへ、よこしてください。叱責するためでは、ない。彼女が見たものに、礼を言うために——そして、彼女がそれを言えないような部屋を、築いてしまったことを、詫びるために。その会話は、あなたのカードには、載っていない。けれど、私が思うに、それこそが、本物のチェックリスト、なのでしょうな。 解説: 夜の外科部長室を舞台にした C2 級・十六ターンの弁証法。壁の表彰状(英雄的な達人のモデル)と、机の上の十九項目のカードとが、論証の対比になっている。正:高名な外科医ヴェイルの立場——チェックリストは熟練への侮辱で、職人を事務員に貶め、世界が静止しない難所にこそ技がある。私のチームは素人ではない。反:元機長で医療安全顧問のリンドの立場——一九三五年、複雑すぎる航空機を救ったのはチェックリストで、ガワンデの言う単純・込み入った手順(天才を要さぬが過負荷下で取り落とす)を捕まえる。単純な手順を忘れるのは素人でなく熟練者で、リーズンの言うように過誤は人格でなくシステムにある。ヴォーンの逸脱の常態化——『いつも飛ばすが何も起きない』は罠が閉じる音で、スイスチーズの穴が一度に重なる日が来る。合:チェックリストは判断を置き換えず、些事をシステムに・見張りをチームに渡して達人の頭脳を本当に必要な所へ解放する。最大の変化はリストでなく『誰が口を開いてよいか』=権威勾配を平らにすること(CRM)。声に出して読むリストは、怯えた看護師に自分では与えられない許しを与える。熟達とは助けを要さぬ能力でなく、自分の頭脳が確実に失敗する所を知り、その崖に謙虚な柵を建てる強さ。悪いリスト(管理者の四十項目)は思考を欄埋めに堕すが、良いリスト(短く・現場が書き・声で読む)は判断を解き放つ。最後は『本物のチェックリストとは、看護師が見たものを言える部屋を築く謝罪の会話だ』へ収束する。 参考文献 Gawande, A. (2009). 『The Checklist Manifesto: How to Get Things Right』. New York: Metropolitan Books. Haynes, A. B., et al. (2009). 「A Surgical Safety Checklist to Reduce Morbidity and Mortality in a Global Population」. New England Journal of Medicine, 360(5), 491-499. Reason, J. (1990). 『Human Error』. Cambridge: Cambridge University Press. Helmreich, R. L. (2000). 「On Error Management: Lessons from Aviation」. British Medical Journal, 320(7237), 781-785. Vaughan, D. (1996). 『The Challenger Launch Decision: Risky Technology, Culture, and Deviance at NASA』. Chicago: University of Chicago Press.