契約条件の交渉 — Epoche C1
場面設定: パリ・ラデファンスの法務部、新規パートナーシップ契約締結前。論理派の法務担当ソフィーと、個人関係を盾にするエジプト人代表カリム。 ソフィーさん、パートナーシップ契約について。前CEOのモローさんと昨秋カイロで会食した際、独占販売権、5年、違約金なし、の3点で握っております。契約書は形式のみで結構かと。 カリムさん、その件に関して一つ確認させてください。モロー氏は先月取締役を退任、現在は関連会社の顧問です。会食時の口頭合意は、個人の見解であり会社の約束ではございません。 ……それは存じ上げませんでした。しかし、我々の業界では個人の関係性こそが契約の本体、書面は付随物に過ぎません。フランス流の冷たい契約主義では、アラブの取引は成り立ちません。 文化的な視点を踏まえてのご指摘、拝聴いたしました。ただ、当社は上場企業ですので、株主への説明責任上、口頭合意だけを根拠に独占販売権を付与することはできかねます。 御社が我々の流儀を尊重されないのであれば、他の候補、ドイツとトルコから声をかけられておりますので、そちらと進めざるを得ません。 他の候補のお話、それも踏まえて提案を変更させていただきます。両者の慣習を組み合わせた段階的契約、いかがでしょう。 段階的、と申しますと。 第一段階は信頼構築期の6ヶ月。独占権なし、最小数量の取引、双方の社長月次面談を義務化。この期間に関係性を書面外で実測します。 社長同士の月次面談、と。 はい、関係性重視のアラブ流を制度化させていただきます。第二段階、6ヶ月後、双方合意の上で独占販売権5年契約に移行。違約金条項は必須ですが、最初の2年は軽減、関係悪化時の円満離脱条項も用意いたします。 ……我々の慣習を「冷たく」排除されると思っていましたが、制度に織り込んでいただけるとは。正直、驚いております。 株主には「信頼構築期を設けた慎重な提携」、御社には「関係性を重視した段階移行」、双方に説明可能な設計というわけです。 理解しました。この条件でしたら、我々も本気で取り組めます。来週、社長同伴で再訪させていただきます。 解説: 「文化の違い」を盾にした口頭合意が前CEO退任で紙切れになる本音の漏れ+相手の文化を制度に織り込んで返す役割逆転。「両方に説明可能な設計」――異文化交渉の技芸を一行で示す。