大菩薩峠 市中騒動の巻 — 中里介山
一 白根 ( しらね ) 入りをした宇津木兵馬は例の奈良田の湯本まで来て、そこへ泊ってその翌日、奈良王の宮の 址 ( あと ) と言われる辻で物凄い物を見ました。兵馬が歩みを留めたところに、人間の 生首 ( なまくび ) が二つ、竹の台に載せられてあったから驚かないわけにはゆきません。 捨札 ( すてふだ ) も無く、竹を組んだ三脚の上へ 無雑作 ( むぞうさ ) に置捨てられてあるが、百姓や 樵夫 ( きこり ) の首ではなくて、ともかくも武士の首でありました。 「これは何者の首で、いかなる罪があって 斯様 ( かよう ) なことになったものでござるな」 通りかかった人に尋ねると、 「これは悪い奴でございます、甲府の 御勤番衆 ( ごきんばんしゅう ) の名を 騙 ( かた ) って、ここの望月様という旧家へ 強請 ( ゆすり ) に来たのでございます。望月様は古金銀がたくさんあると聞き込んで、それを 嚇 ( おど ) して捲き上げようとして来ましたが、悪いことはできないもので、ちょうどこの温泉に泊っていたお 武士 ( さむらい ) に見現わされて、こんな目に会ってしまいました。あんまり 図々 ( ずうずう ) しいから首はこうして 晒 ( さら ) して置けとそのお武士がおっしゃる、望月様もあんまり 酷 ( ひど ) い目に会わせられましたから、口惜しがって、その武士のお 言付 ( いいつけ ) 通り、ここにこうして見せしめにして置くのでございます。今日で三日目でございます」 「して、その望月というのはいずれの家」 「あの森蔭から大きな 冠木門 ( かぶきもん ) が見えましょう、あれが望月様でございます、たいへんに大きなお家でございます。もしこの悪者の余類が押しかけて来ないものでもないと、このごろは用心が厳重で、若い者を集めて 夜昼 ( よるひる ) 剣術の稽古をやったり鉄砲などを備えて置きますから、あなた様にもその心持でおいでにならないと危のうございますぞ」 こんなことを話してくれましたから、兵馬は教えられた通りその望月家の門前へ 走 ( は ) せつけました。 兵馬は望月家の門前へ立って案内を乞うと、なるほど広庭でもって若い者が大勢、剣術の稽古をして 喚 ( おめ ) き叫んでいました。 胴ばかり着けて 莚 ( むしろ ) の上で勝負をながめていた若い者の 頭分 ( かしらぶん ) らしいのが出て来て、 「何の御用でござりまする」 「あの宮の辻と申すところに出ている 梟首 ( さらしくび ) のことに就いてお尋ね致しとうござるが」 「あ、あの梟首のことに就いて……そうでございますか、まあどうかこれへお掛けなすって」 若い者の頭分は、そのことに就いて語ることを得意とするらしく、喜んで兵馬を 母屋 ( おもや ) の縁側へひくと、村の剣客連はその周囲へ集まって来ました。 「今からちょうど五日ほど前のことでございました。当家の望月様へ甲府の御勤番と言って立派な 衣裳 ( なり ) をしたお 武士 ( さむらい ) が二人、槍を立て家来を連れて乗込んで来ましたから、不意のことで当家でも驚きました。ちょうどそれにおめでたいことのある最中でございましたから、なおさら驚きました。けれども疎略には致すことができませんから、 叮重 ( ていちょう ) にお扱い申して御用の筋を伺うと、いよいよ驚いて 慄 ( ふる ) え上ってしまいました。その勤番のお侍衆の言うことには、当家には公儀へ内密に 夥 ( おびただ ) しい金銀が隠してあるということを承わってその検分に来た、さあ隠さずそれを出して 了 ( しま ) えば 内済 ( ないさい ) ですましてやるが、さもない時には重罪に行うという申渡しなんでございます。あんまり 突然 ( だしぬけ ) に無法な御検分でございますから、当家の老主人も若主人も、親類も組合も土地の 口利 ( くちきき ) もみんな 呆気 ( あっけ ) に取られてしまいました。 尤 ( もっと ) も当家には金銀が無いわけではございませぬ、金銀があるにはあるのでございます、他に類のない金銀が当家には 蔵 ( しま ) ってあるには違いございませんけれども、その蔵ってあるのはあるだけの 由緒 ( いわれ ) があって蔵ってあるので、決して公儀へ内密だとか、隠し立てを致すとか、そんなわけなのじゃございません、先祖代々金銀を貯えて置いてよろしいわけがあるんでございますから、まあそれからお聴き下さいまし……御存じでもございましょうが甲州は金の出るところなんでございます。金の出るのは国が 上国 ( じょうこく ) だからでございます。その金の出ますうちにもこの辺では 雨畑山 ( あまはたやま ) 、 保村山 ( ほむらやま ) 、 鳥葛山 ( つづらやま ) なんというのが昔から有名なのでございます。いまでも入ってごらんになれば、昔掘った金の 坑 ( あな ) の跡が、蛙の 腸 ( はらわた ) を拡げたように山の中へ幾筋も喰い込んでいまして、私共なんぞも雨降り揚句なんぞにそこへ行ってみると、奥の方から押し流された砂金を見つけ出して拾って来ることが度々ありまして、なにしろ金のことでございますから、それを取って貯めておくと一代のうちには畑の二枚や三枚は買えるのでございます。けれどもそれでは済まないと思って、拾った金はみんな当家へ持って来てお預けしておくのでございます。そうしますと当家では、年に幾度とお役人の検分がありまするたびにその金を献上し奉ると、お 上 ( かみ ) からいくらかずつのお金が下るという仕組みになっているのでございますよ。まあ話の順でございますからお聞き下さいまし、 文武 ( もんむ ) 天皇即位の五年、 対馬国 ( つしまのくに ) より金を貢す、よって年号を 大宝 ( たいほう ) と改むということを国史略を読んだから私共は知っています。なにしろ金は天下の宝でございますから、私共が私しては済みませんので、今いう通り拾ったものまでみんな当家へ預けてお上へ差上げるようにしておりますくらいですから、当家でそれをクスネて置くなんていうことができるものではございません。当家にありまする金銀と申しますのは御先祖から伝わる 由緒 ( ゆいしょ ) ある古金銀で、山から出るのとは別なんでございます。その当家の御先祖というのは……当家の御先祖は 権現様 ( ごんげんさま ) よりずっと古いのでございます。このあたりから金を盛んに掘り出しましたのは武田信玄公の時代でございます。もっともその前に掘り出したものも少しはございましょうけれど、信玄公の時が一番盛んで甲州金というのはその時から名に出たものでございます。権現様の世になってからもずいぶん掘ったものでございますが、その金を掘る人足はみんなこの望月様におことわりを言わないと土地に入れなかったもので、信玄公時代からの古い書付に、金掘りの頭を申付け候間、 何方 ( いずかた ) より金掘り 罷 ( まか ) り越し候とも当家へ申しことわり掘り申すべく、この 旨 ( むね ) をそむく者あるにおいては クセ事 なるべきものなりとあるんでございます。そのくらいの旧家でございますから、代々積み貯えた金銀がちっとやそっと有ったところで不思議はございますまい、古金の大判から甲州丸形の松木の 印金 ( いんきん ) 、古金の一両判、山下の一両金、 露 ( ろ ) 一両、古金二分、 延金 ( のべがね ) 、慶長金、十匁、三朱、 太鼓判 ( たいこばん ) 、 竹流 ( たけなが ) しなんといって、甲州金の見本が一通り当家の土蔵には納めてあるのでございます。それはなにも隠して置くんでもなんでもなく、お役人が後学のために見ておきたいとか、学者たちが参考のために調べたいとかいう時には、いつでも主人が出して見せているのでございます。ところが今度来たお役人は、大枚三千両とか五千両とかの金銀を隠して置くに相違あるまい、それを出さなければ重罪に行うと言うのでございましょう、飛んでもないことでございます、当家の主人がそんな金銀を隠して置くような人でないことは、私共はじめ村の者がみんな保証を致しまする。そんなことはございませんと言いわけをしますと、どうでございましょう、若主人を引きつれてあの宿屋へ行って 拷問 ( ごうもん ) にかけているのでございます。さあ三千両の金を出せば 内済 ( ないさい ) にしてやる、それを出さなければ甲府へ連れて行って 磔刑 ( はりつけ ) に行うと、こう言って夜通し責めているのでございますから、ちょうど婚礼最中の当家は上を下への大騒ぎで、村の大寄合いが始まってその相談の上、年寄たちが土産物を持って御機嫌伺いに行って、お願い下げにして来るということになりましたが、何の事に直ぐ追い帰されてしまって取附く島がございません。私共若い者たちは血の気が多うございますから、そんな 没分暁 ( わからずや ) の非義非道な役人は夜討ちをかけてやっつけてしまえと、 勢揃 ( せいぞろ ) いまでしてみましたが、年寄たちがまあまあと留めるものですから我慢をしていました、そうすると、いいあんばいにそこに立会ってきまりをつけてくれたのが一人のお 武士 ( さむらい ) でございます。そのお武士は御病身と見えまして、その前からこの温泉で湯治をなすっていたのでございます、身体も悪いようでございましたが眼が 潰 ( つぶ ) れておいでになりました」 「ナニ、目が潰れていた?」 前口上はどうでもよろしいが、これだけは聞き洩らすまじきことです。この男の口から語られた机竜之助の挙動はこうでありました―― 擬 ( まが ) い 者 ( もの ) の神尾主膳であった折助の権六を 一槍 ( いっそう ) の 下 ( もと ) に床柱へ縫いつけた時、主膳の同僚木村は怒り心頭より発して、刀を抜き放って竜之助に斬ってかかったが、 脆 ( もろ ) くもその刀を奪い取られて、あっというまに首を打ち落されてしまったから、一座は 慄 ( ふる ) え上ってしまいました。 役人に附いて来た 下人 ( げにん ) どもは、もう手出しをする勇気もありませんでしたが、今まで役人どものなすところを 歯咬 ( はが ) みをして口惜しがっていた望月方の者でさえも、これには青くなってしまいました。口を 利 ( き ) いてくれることは有難いけれども、これではあんまりである、こんなにまでしてくれなくともよかったものを、後難が怖ろしいと、誰も役人の殺されたことを痛快に思うものはなくて、かえって竜之助の 挙動 ( ふるまい ) の 惨酷 ( さんこく ) なのに恨みを抱くくらいでした。 「飛んでもないことが出来た、仮りにもお役人をこんなことにして、さあこれからの難儀の程が怖ろしい」 蒼くなって口を利く者もなく、手を出す者もなかったのを竜之助が察して、 「心配することはない、これはほんものの甲府勤番の神尾主膳ではない、 偽 ( いつわ ) り者である、その証拠には自分がほんものの神尾主膳への紹介状を持っているし、自分の友達はその神尾をよく知っている、これは近ごろ流行の浮浪の武士が、こんな狂言をして乗込んで金を 盗 ( と ) ろうとして来た者だ、それだから二人とも殺してしまった、以後の見せしめにこの首を 梟 ( さら ) し 物 ( もの ) にしてやるがよい、後難は更に 憂 ( うれ ) うるところはない、この二人が乗って来た乗物の中へ自分が乗って甲府へ行って、この 責 ( せめ ) は引受ける、村の人たちにはかかり合いはさせぬ」 と言って竜之助は、二人の 偽役人 ( にせやくにん ) が乗って来た乗物にお 伴 ( とも ) の連中をそのままにして乗り込んでしまいました。お伴の連中が狐を馬に乗せたような 面 ( かお ) をして竜之助を 荷 ( にな ) ってここを立って行ったのは昨日の朝。 若い者の頭分は、それをいろいろな 仕方話 ( しかたばなし ) で 竹刀 ( しない ) で型をして見せたりなんかして、だいぶ芝居がかりで話しました。ことに竜之助が槍で突いた時の呼吸や、一刀の下に首を 打放 ( ぶっぱな ) した時の 仕草 ( しぐさ ) などを見て来たようにやって見せて、 「なにしろ強い人でございます、 滅法界 ( めっぽうかい ) もなく強い人でございます。あれから当家へおいでなすった時に、こうして私共が剣術をしているのを見て……ではない、その様子を聞いていまして、さあこうして 拙者 ( わし ) が立っているから打ち込んでごらんと、竹刀を片手にそこへ突立っておいでなさるところを、大勢して 覘 ( ねら ) って打ち込んでみましたけれども、どうしても身体へ 触 ( さわ ) ることができませんでした。眼が見えないであのくらいですから、眼が見えたらどのくらい強いんだかわかりません」 「その 盲目 ( めくら ) の 武士 ( さむらい ) という者こそ、永年拙者が尋ねている人」 兵馬は一礼して、この家の門を出て行きました。 望月の家を 走 ( は ) せ出した兵馬が、この村をあとにしてもと来た道。そこへちょうど通りかかったのは、 空馬 ( からうま ) を引いた、背に男の子を 負 ( お ) うた女。 「その馬はこれからどちらへ行きます」 「これから三里村を通って 七面山 ( しちめんざん ) の方へ参るのでござんす」 「はて、それでは少し方角が違うけれど、拙者はちと急ぎの用があって甲府まで帰らねばならぬ者、お見受け申すに、馬は 空荷 ( からに ) の様子、せめてあの丸山峠を越すまでその馬をお貸し下さらぬか」 兵馬はその女の人に頼んでみました。 「お急ぎの御用とあらば……わたくしどもには少し廻りでござんすけれど、お貸し申してもよろしうございます、お乗りなさいませ」 兵馬は、この婦人が快く承知をしてくれたのを嬉しく思いました。 しかし、馬に乗りながら見るとこの婦人が、眼に涙を持っているのが不思議であります。 二 こうして宇津木兵馬は、またも甲府まで戻って来てみましたところが、机竜之助の乗物が神尾主膳の邸内へ入り込んだことは確かに突き止めたけれども、それから先どこへ行ったか、それともこの邸内に留まっているものだか、そこの見当が一向つきませんから、ぜひなく非常手段に出でて、夜分ひそか