Wonders of Science — Jean-Henri Fabre
訳者から ポオル叔父さんは、本当に驚く程物識りです。どんな不思議な事の説明でも、分りやすく面白くしてくれます。ポオル叔父さんの解いてくれる世の中の不思議な謎は、何と云ふ巧妙さで、そして無雑作に出来てゐるのでせう。どんな事だつて、どんなつまらない事だつて、よく調べ、よく考へて見ると、驚く程意味を持つて生きて来ます。 ポオル叔父さんの姪や甥達は、アムブロアジヌお 婆 ( ば ) あさんのお伽話には 倦 ( あ ) きてしまひましたが、ポオル叔父さんの本当の事についての話には倦く事を知りませんでした。おもちや遊びに夢中だつた一等小さいエミルでさへ叔父さんのお話がはじまつてからはおもちやを忘れてしまつた位です。何でも知りたくてたまらない、不思議な事ばかり目につく、兄さんのジユウルや、一番姉さんのクレエルは叔父さんのお蔭でどれだけ悧巧になり、注意深く物を観、またよく考へるようになつたかしれません。 人間の眼につくもの、耳にするもの、何一つとして不思議でないものがありませう。不思議に思はないのは、無知に馴れてゐるからです。一度此の不思議な世界の本当の姿を知りはじめたら、此の世の姿は全くちがつたものになつて来るでせう。見るもの聞くもの一々生きて話しかけ、意味をもつて動き出すでせう。それはどれ程面白く、そして為めになるものを人間に示し、与へるでせう? そして又、人間の頭脳の働きと云ふものは、何んと云ふすばらしい発見をする事でせう? その発見はまた、多くの人間をどれ程幸福にするでせう? 此の本の中には、子供達の眼にうつつたいろんな事、出遇つた様々な事件について、臨機応変に、ポオル叔父さんが子供達の為めにしたお話をすつかり書いたのです。叔父さんのお話は、もつと/\続きます。 『お前達の好きなだけいくらでもしてあげる。』 と叔父さんは此の本の最後でお約束をしてゐます。叔父さんはその約束どほりにまだ、いろんな話をしてゐます。それはやはりみんな本になつて出てゐます。が此の本の中に納められただけの一とくぎりの中に、どれ程多くの自然界の謎がとかれてあるでせう? それは大ぜいのジユウルや、クレエルや、エミルのやうな子供達の為めになるばかりでなく、無知に馴らされて来た大人達をも、どんなにか驚かせる事だらうと私は思ひます。 学問といふものは、学者といふいかめしい人達の研究室といふ処にばかり閉ぢこめておかれる筈のものではありません。誰れもかれも知らなければならないのです。今までの世間の習慣は、学問といふものをあんまり 崇 ( あが ) めすぎて、一般の人達から遠ざけてしまひすぎました。何の研究でも、その道の学者だけが知つてゐれば、他の者は知らなくてもいゝやうな風に極められてゐました。いや、知らなくてもいゝ、ではなくて、知る資格がないやうにきめられてゐました。けれども此の習慣は間ちがつてゐます。非常にこみ入つた 六ヶ ( むずか ) しい研究は別として、誰れでも一と通りの学問は知つてゐなければなりません、子供でも大人でも。 子供の為めのお 伽話 ( とぎばなし ) の本は、沢山すぎる程あります。けれども、お伽話よりは『本当の話が聞きたい』と云ふ、ジユウルのやうな子供の為めのおもしろい本を書いてくれる学者は日本にはあまりないのか、一向に見あたりません。 ポオル叔父さんはフランス人です。子供達もフランス人です。それで日本の子供達の為めに書いたものゝやうにすつかり何から何までうまい工合にはゆきませんが、それでも、無駄な事は一つもない筈です。日本の子供達のよむのに不都合な事はないと思ひます。私は此のフランスの親切な叔父さんのお蔭で、お伽話ばかりおもしろがつてゐる日本の子供達に『本当の話』がどんなにおもしろいものかと云ふ事が分れば本当にうれしく思ひます。そして又、沢山のお父さんや、お母さんや、叔父さんや、叔母さんや、姉さんや、兄さん達が、此の本で、小さい人達の目にうつるいろんな謎を、どういふ風に片づけてやるべきものか、と云ふ事、またその事柄をも併せて学んで下されば大変しあはせです。 なを、此の本は、少し前に、他の人の手で訳されて出てゐますが、それは、抄訳で、しかもポオル叔父さんの一番お得意な、全巻の三分の一をしめてゐる、虫の話が全部ぬいてありますので、別にまた此の書を出すのも決して無意味ではあるまいとおもひます。 伊藤野枝 [#改ページ] 一 六人 或る夕方、まだ外がやう/\暗くなりかけた時分から、六人の人達は、みんな一とかたまりになつて集まりました。 ポオル叔父さんは大きな本を読んでゐました。叔父さんは、本を読むのは一番ためにもなり、また疲れをやすめるのに、これ程いゝものはないときめてゐますので、働いたあとでやすむ時には、いつも本を読みます。叔父さんの室の、松材でつくつた棚の上には、いろんな種類の本が綺麗に整頓して並べてあります。其の中には大きい本や小さい本や、絵入りのや絵なしのや、ちやんと製本したのや仮綴のまゝのや、また立派な金縁のまであるといふ風です。叔父さんが其の自分の室に閉ぢ籠ると、大抵の事では其の読書を止めさす事が出来ません。ですから、ポオル叔父さんはどんな話でも知つてゐるとみんなが云つてゐます。叔父さんはたゞ読むばかりではありません。自分で調べて見たり又物事を注意して見たりもするのです。自分の庭を歩く時にも、よく蜜蜂がブン/\羽の音をさせてとり囲んでゐる巣箱の前や、小さい花が雪のやうに散つて来る 接骨木 ( にわとこ ) の茂つた下で立ち止まつて見たり、又或る時には、 這 ( は ) ひまはる小さな虫や、芽を出したばかりの草の葉をよく見る為めに地面に屈み込んだりしてゐます。一体何を観てゐるのでせう? 何を調べてゐるのでせう? それは誰れにも分りません。しかし叔父さんのさういふ時の顔は、丁度神様の不思議な秘密を見出して、それと面と向き合つたやうに、気高い歓びに輝いて来るとみんなは云つてゐます。私達が本当に感心して聞くあの叔父さんの話は、さういふ時に出来るのです。私達はその話には本当に感心します。そして其の上に、何時かはきつと私達の役に立つ沢山の物事を覚えます。 ポオル叔父さんは勝れて立派な、信心深い人です。そして又『いゝパンのやうに』誰れにでも親切な人です。村では、叔父さんの学問が大変皆んなの助けになるので、ポオル先生と云つて非常に尊敬してゐます。 ポオル叔父さんの百姓仕事を手伝ふのに――私はあなたに、叔父さんは本をよむのと同じやうに、 鋤 ( すき ) 鍬 ( くわ ) をどう握るかと云ふ事もよく知つてゐて、自分の小さな持地を上手に耕やしてゐるのだと云ふ事も話さねばならなかつたのです――ジヤツクといふお 爺 ( じい ) さんがゐます。お爺さんは、アムブロアジヌお婆あさんの 年老 ( としと ) つた つれあひ です。アムブロアジヌお婆あさんは家の中の事によく気をつけてゐますし、ジヤツク爺さんはまた畑や家畜の面倒を見ます。二人とも大変にいゝ召使ひです。そして、ポオル叔父さんにとつてはすつかり信用の出来る、二人の友達でもあるのです。二人はポオル叔父さんが生れた時も知つてゐますし、ずつと長い間此の家にゐるのです。まだ小さかつたポオル叔父さんの機嫌が悪い時に、どれ程始終ジヤツクは柳の皮で笛をつくつては慰めてやつたか知れません。そして又アムブロアジヌお婆あさんは、どんなに度々、小さいポオルが泣かずに学校に行く様に勢づける為に生みたての卵をゆでてはお弁当の籠の中に入れてやつたでせう? さういふ風に、ポオル叔父さんは、お父さんの召使ひの年老つた二人から大事にされました。叔父さんの家は又此のお爺さんお婆あさんの家でもあるのです。あなたにもジヤツクお爺さんとアムブロアジヌお婆あさんがどんなにその御主人を大事にしてゐるか、お分りでせう! ポオル叔父さんの為なら、二人は四ん這ひにでもなる位なのです。 ポオル叔父さんには、家族がありません。一人ぽつちなのです。が、叔父さんは子供達と一緒にゐる時程楽しい事はないのです。子供達は誰でも話ずきです。又誰でもあれこれといろんな事をたづねます。心を引かれる事は何んでも貴い正直さでたづねます。ポオル叔父さんは、自分の兄弟にいろいろ頼んで 漸 ( ようや ) く 暫 ( しばら ) くの間其の子供達を叔父さんの家に暮らさせるようにしました。それは、エミルとジユウルとクレエルと云ふ三人の子供でした。 クレエルは一番年上です。初物の さくらんぼ が出る時分には丁度十二になるのです。ほんの少し内気ですが、よく働く、すなほな優しいいゝ女の子です。それにちつとも高慢なところなどは持つてゐません。何時でも靴足袋を編んだり、ハンケチの縁をとつたり、学課を勉強したりしてゐて、日曜日に着る着物はどれにしようかといふやうな事は考へません。そして叔父さんやアンブロアジヌお婆あさんに頼まれた事は、直ぐに間違へずにしてしまひます、どんな事でも、自分が役に立つ事を嬉しさうにして手伝ひます。それは、本当にいゝ性質を持つた子です。 ジユウルはクレエルよりは二つ下です。いくらか痩せてはゐますが、生き/\した、何でも焼きつくす燃えるやうな 性質 ( たち ) の男の子です。で、何かに気を取られると、夜も眠る事が出来ません。何かを知りたいといふ慾のためには決して飽きる事を知りません。そして見るもの聞くものが、ジユウルには知りたくてたまらないものばかりです。藁きれをひつぱつてゆく蟻でも、屋根の上でチウ/\鳴いてゐる雀でも、ジユウルの注意を引きつけてすつかり夢中にさせて 了 ( しま ) ふのです。そんな時には、ジユウルは叔父さんにきりのない質問を繰り返します。それは何故ですか? それはどう云ふんです?と云ふ風に。叔父さんは、ジユウルの此の好奇心を正しく導いて行きさへすれば、きつといゝ結果をあげる事が出来るだらうといふので、大変に信用してゐます。けれども叔父さんは、ジユウルに一つだけ嫌ひなところがあります。正直に云ひますと、ジユウルは 一寸 ( ちょっと ) した欠点を持つてゐます。それは用心して防がなかつたら、大変な事になるものなのです。ジユウルは 癇癪 ( かんしゃく ) 持ちです。 若 ( も ) しジユウルに逆ふものがあれば、怒つて、眼をむいたり、泣いたりわめいたり、又自分の帽子を腹立たしさうに放り出したりします。けれども、それは 立つてゐるミルクスウプのやうなもので、少しすれば直ぐに静まります。ポオル叔父さんは、ジユウルがいゝ心を持つてゐる事を知つてゐますから、此の悪い癖も軽い小言位で直すことが出来るだらうと思つてゐます。 エミルは三人のうちで一番年下です。そして暴れ坊主です。けれどもそれは年から云へば無理はありません。若し、誰れかの顔にベリイがなすりつけてあるとか、又額にコブが出来たとか、指にとげがさゝつたとかいふ事があれば、それはエミルのせいだと大抵察しがつきます。ジユウルとクレエルが書物をどんなにか喜ぶやうに、エミルは自分のおもちや箱をのぞくのが何よりも楽しみです。エミルは一体どんなおもちやを持つてゐるのでせう? 其処には、ブン/\唸る 独楽 ( こま ) や、赤や青の鉛でつくつた兵隊さんや、いろ/\な動物で一杯になつたノアの箱船や、ラツパ――これはあんまり騒々しい音を出しますから叔父さんから吹くのを 禁 ( と ) められてゐます――や、そして此の名高い箱船の中には、エミル一人だけが知つてゐるいろんなものがはいつてゐます。それから忘れないうちに云つておきますが、エミルはもうよく叔父さんにいろ/\な質問をします。それだけ物事に注意をするやうになつて来たのです。此の世の中では、いゝ独楽より他にもつと面白い事が沢山ある事がわかり出して来たのです。ですから、何時かエミルが、お話を聞くためにおもちや箱の事は忘れてしまつたといふやうな事があつても、誰れも不思議がりはしないでせう。 二 お伽話と本当のお話 其の六人が一緒に集まつたのです。ポオル叔父さんは大きな書物を読んでゐました。ジヤツクお爺さんは柳の枝で籠を編んでゐました。アンブロアジヌお婆あさんは 糸捲竿 ( いとまきさお ) をまはしてゐますし、クレエルは赤い糸でリンネルの縁をとつてゐました。ジユウルとエミルは、ノアの箱船で遊んでゐます。二人は 駱駝 ( らくだ ) のうしろに馬、馬のあとには犬、それから羊、 驢馬 ( ろば ) 、牛、獅子、象、熊、 羚羊 ( かもしか ) その他いろんなものをみんな長い行列に仕あげて、それを箱船までとどかしてしまふと、ジユウルもエミルも遊び倦きてしまひました。そしてアンブロアジヌお婆あさんに云ひました。 『お婆あさん、お話をして頂戴な、面白さうなのをね。』 年をとつたお婆あさんは、 紡錘 ( いとくり ) をまはしながら無雑作に、こんな話をしました。 『むかしむかし、一匹の ばつた が、蟻と一緒に市に出かけました。処が川がすつかり凍つてゐました。で、 ばつた は氷の向ふ側の方に跳んでしまひました。けれども蟻は跳べないのです。其処で蟻は ばつた に『 ばつた さん、私を おんぶ して下さいよ。私はこんなに軽いんですからさ』と頼みました。けれども ばつた は、『私のやうにしてお跳びよ』と云ひますので、蟻は跳びました。けれども 辷 ( すべ ) つて足をくじきました。 『氷さん、氷さん、強い者は親切でなくてはいけないよ。それだのにお前は悪い奴だよ。蟻の足なんかくじかせてさ――あの可哀想な小さな足をさ――』 と ばつた が云ひますと、氷が答へました。 『私よりお 太陽 ( てんとう ) さんの方が強いよ、あいつは私を融かしてしまふからね。』 『お太陽さんお太陽さん強い者は親切でなくつちやならないのにお前はいけないよ。お前は氷をとかすなんて。そして、お前と氷とでのあの可哀想な蟻の小さな足をくじいたんぢやないか。』 すると太陽が云ひました。『雲は私よりももつと強いよ、私をかくしてしまふんだもの。』 『雲さん、雲さん、お前は悪い奴だ。強いものは親切でなくてはならないのに、お太陽さんをかくしたりなんかして。お前とお太陽さんが氷をとかして、お前と氷とで蟻の足をくじいたのだよ。あの小さい可哀想な蟻の足をさ。』 すると雲が答へました。『風は私達よりずつと強いよ。私達を吹き飛ばしてしまふんだもの。』 『風さん、風さん、強い者は親切にするものだよ。けれどもお前は