Five Great Odes — Paul Claudel
わが 魂 ( たましひ ) は 主 ( しゆ ) を 崇 ( あが ) め奉るなり。 噫 ( あゝ ) 今は 越方 ( こしかた ) となりし 辛 ( つら ) き長き 途 ( みち ) よわれたゞ 孤 ( ひとり ) なりしその日よ。 都大路 ( みやこおほぢ ) の 流離 ( さすらひ ) よ、 御堂 ( みだう ) へ 下 ( くだ ) る 長町 ( ながまち ) よ。 宛 ( あたか ) も若き競技者が 方人 ( かたうど ) 、 調練者 ( ならして ) の 群 ( ぐん ) に 急 ( せか ) れてか 楕圓砂場 ( だゑんさぢやう ) をさして行く時、 一人 ( ひとり ) は耳に囁きつ、またの 一人 ( ひとり ) は 腕 ( かひな ) に自由を許しつゝ 布 ( きれ ) もて 腱 ( すぢね ) を卷き 縛 ( しば ) る如きめをみて、 わが神々の忙しき足の中をわれは進みぬ。 聖約翰祭 ( せいヨハネさい ) 夏至 ( げし ) の頃 森陰 ( もりかげ ) の 音 ( おと ) なひよりも、 あるは、ダマスコの 里水 ( さとみづ ) さやぐ 山川 ( やまかは ) の 音 ( おと ) に、 荒野 ( あれの ) の吐息 雜 ( まじ ) り、夕されば風 戰 ( そよ ) ぐ 高木 ( かうぼく ) の 搖 ( ゆる ) ぎも加はるその 聲 ( こゑ ) よりも繁きは、 欲望さはなる若き心の言葉なり。 嗚呼 ( あゝ ) 神よ、若き人は女の生みたる子は、 御供 ( ごくう ) の 牡牛 ( をうし ) よりも 御心 ( みこゝろ ) に 適 ( かな ) ふべし、 かくてわれ、 相撲 ( すまふ ) の身を屈する如く、 御前 ( おんまへ ) にあり、 自らを 敢 ( あへ ) て弱しと思ふにあらず、他の更に我より強きが 爲 ( ため ) ぞ。 君はわれを呼び召して、 夙 ( つと ) にわが名を知り給ふ如く、同じ 齡 ( よはひ ) の者の 中 ( なか ) より特にわれを 擇 ( えら ) び給ふ。 嗚呼、神よ、若き人の心はいかに愛に滿ち、いかに汚辱と虚榮とを忌むかを知り給ふならむ。 是 ( こゝ ) に 於 ( おい ) てか、君、 急 ( には ) かにわが前に現はれ給ふ。 主 ( しゆ ) は昔 御力 ( みちから ) を示して 孟西 ( モオゼ ) を驚かし給ひぬ、されど、わが心には、罪なき 一 ( いつ ) の 實有 ( じつう ) とこそ見えたれ。 さすがはわれも女の生みたる子なるか、そは 此時 ( このとき ) 、理性も 師説 ( しせつ ) も、すべての 妄誕 ( ばうたん ) も、 わが心の 雄誥 ( をたけび ) に 對 ( むか ) ひて、この 幼兒 ( をさなご ) のさし伸べたる手に 對 ( むか ) ひて、全く無力なればなり。 噫 ( あゝ ) 、涙、 噫 ( あゝ ) 、 情深 ( なさけぶか ) き心、 噫 ( あゝ ) 、涙はふり落つるこの 顏容 ( かんばせ ) かな。 諸 ( もろ/\ ) の信者たち、 來 ( きた ) れ、この今生れたる 幼兒 ( をさなご ) を 尊 ( たつと ) び 敬 ( うやま ) はむ、 われを君が 仇 ( あだ ) と 思 ( おぼ ) し給ふ 勿 ( なか ) れ、われは君のいづこに 在 ( いま ) すかを 辨 ( わきま ) へず、また見ず、また知らず、 唯 ( たゞ ) この涙に 暮 ( く ) るゝ 面 ( おもて ) を君の方に向けたり。 われらを愛する者、人誰か愛せざらむ、わが心、 救世主 ( すくひぬし ) を見て、躍り喜ぶ。 諸 ( もろ/\ ) の信者たち 來 ( きた ) れ、われらが爲に生れ出で給ふこの 幼兒 ( をさなご ) を 尊 ( たつと ) び 敬 ( うやま ) はむ。 ――さてもわれは今 童兒 ( どうじ ) にあらず、 生 ( いのち ) の 央 ( なか ) に在りて、事理分別を辨へ、 歩 ( ほ ) を 停 ( とゞ ) めて、力量と堪忍とを楯に直立して、各方面を眺めたり。 かくて君、われに置き給ひし心と 音 ( おと ) とを 元 ( もと ) に、 われはくさぐさの言葉を作り、説を 工 ( たく ) み、わが胸の内に、異る 聲々 ( こゑ/″\ ) を集めたるが、 今や 長論議 ( ちやうろんぎ ) もはたと 止 ( や ) みて、 われ 唯 ( たゞ ) 孤 ( ひとり ) となりぬ。君の 御前 ( みまへ ) に 出 ( い ) でては、更に新らしきわが身の 思 ( おもひ ) して、 復音 ( ふくおん ) の 一聲 ( いつせい ) 、たとへば、弓をもて、二つの 絲 ( いと ) を彈き鳴らしたる オロンの如く歌ひ出づ。 われ、世に在りて何か 爲 ( な ) さむ、一帶の砂上に立ちて、 眼 ( まなこ ) 常に、あのうち 重 ( かさ ) なれる 晶光七天 ( しやうくわうしちてん ) を眺むるのみ。 君、今ここにわが前に 在 ( い ) ます。われは、カルメル 山 ( ざん ) に孤雲を望む牧人の心となりて、君が 御爲 ( おんため ) にやをら 美 ( うつく ) しき 一條 ( いちでう ) の歌を捧げむ、 時これ十二月 寒 ( かん ) の土用に際して、 萬物 ( ばんぶつ ) の 結目 ( むすびめ ) は 縮 ( ちゞ ) まり 竦 ( すく ) み、 夜天 ( やてん ) に 星斗 ( せいと ) 闌干 ( らんかん ) たれど、 歡喜の心、 逸散 ( いつさん ) にわが身を 撞 ( つ ) きて、 今は昔、カヤパス、アンナ大司祭たり、ヘロデは、 ガリレヤに、弟ピリポ、イツリヤとトラコニチスとに、リサニヤスはアビレナに 分封 ( わけもち ) の 王 ( きみ ) たりし世、 荒野 ( あれの ) のヨハネに 御言葉 ( みことば ) の 降 ( くだ ) りし時の如し。 われらの 奏問 ( さうもん ) し奉る言葉と同じ言葉もてわれらにも、 宣 ( の ) らせ給ふわが神よ。 君は今もわが聲を輕しめ給はず、君が幼兒のいづれもの聲、または、君が 婢女 ( はしため ) マリヤの聲、 マリヤはその心の 溢 ( あふ ) れ湧きて、その 謹 ( つゝし ) みを受け入れ給ひし嬉しさに叫びし 其 ( その ) 聲と同じやうに 嘉 ( よみ ) し給ふ。 嗚呼 ( あゝ ) 、わが神の 御母 ( おんはゝ ) 、女のうちにての女よ、 この 長旅 ( ながたび ) のはてに、君がわが胸に達し給ひしか。わが身の内にある代々の人々よりこの我に至る 迄 ( まで ) 、一齊に呼ばはりて、君を祝福されたる者と仰ぎ奉る。 そも君が 室 ( しつ ) に入るや、エリザベエタは耳を傾け、 石婦 ( うまずめ ) と呼ばれし者も 身重 ( みおも ) になりてはや 六月 ( むつき ) となりぬ。 わが心、 頌歌 ( ほめうた ) を負ひて重く、 御前 ( おんまへ ) にむかふも苦しげなり。 宛も 乳香 ( にうかう ) と 炭火 ( すみび ) とに充ちたる金の 香爐 ( かうろ ) の重たげに、 鎖の長さに振上げられて、 次に 降 ( お ) り來るその跡は、 濛々 ( もう/\ ) たる 香煙 ( かうえん ) を日光に 漲 ( みなぎ ) らす如し。 主 ( しゆ ) よ、 口訥 ( くちごも ) る萬物の 中 ( なか ) に立ちて、わが心、願はくは 其 ( その ) 言ふ所を知る者の如くあらなむ。 造化 ( ざうくわ ) の 主 ( しゆ ) に對するこの大歡喜、千萬の天軍が 嚴守 ( げんしゆ ) するこの祕密は 空 ( くう ) にあらず。 嗚呼 ( あゝ ) 、わが 言 ( げん ) の力を、その 無言 ( むごん ) の力と同じからしめ給へ。 又、萬有のすぐれてめでたき事も 空 ( くう ) にはあらず又かの 虚 ( うつ ) ろ 蘆莖 ( あしぐき ) の 戰 ( そよ ) ぎも 空 ( くう ) ならず、 裏海 ( りかい ) の 濱 ( はま ) アラルの 麓 ( ふもと ) なる 古塚 ( ふるづか ) の上に坐して、 東方聖人は 此聲 ( このこゑ ) を聞きながら星を考へ、 大 ( おほい ) なる代の近づくを察したらずや。 されどわれは 唯 ( たゞ ) 、ふさはしき言葉を見出で、これを見出でたるのち、唯、わが心の言葉を 吐出 ( はきい ) で、 これを 言出 ( いひい ) でたるのち、 命 ( いのち ) を 終 ( をは ) り、又これを言出でたるあとは、 頭 ( かしら ) を胸に 俛 ( た ) れて、 宛 ( あたか ) も老僧が 聖祭 ( せいさい ) を行ひつゝ絶命する如くならむ。 主 ( しゆ ) は祝すべきかな、 諸 ( もろ/\ ) の偶像よりわれを救ひ給へり、 君を 他 ( ほか ) にして、我に 敬 ( うやま ) ひ 尊 ( たつと ) ぶもの無からしめ、イシスにもオシリスにも、 又は「正義」「進歩」「眞理」或は「神性」「人道」「自然法則」また「藝術」にも「美」にも 額 ( ぬか ) づかしめず、 元來世に在らざる物又は君 在 ( いま ) さぬ 爲 ( ため ) に生じたる空虚に存在を 容 ( ゆる ) したまはず。 見よ、 空舟 ( うつろぶね ) を 刳 ( く ) りて、殘る 船板 ( ふないた ) をアポロオンに 彫 ( ほ ) り刻みし未開人の如く、 かの唯、 辯 ( べん ) を辯ずる者どもは、 形状言 ( けいじやうげん ) の 剩餘 ( じようよ ) をもて、實體もなき多くの怪物を造りつつ、 童男 ( どうなん ) 童女 ( どうぢよ ) を食とするモロックよりも 虚誕 ( きよたん ) にして又、殘忍なり 醜惡 ( しうを ) なり、 音 ( おと ) ありて聲無し、名あれど 體 ( たい ) 無し、 荒野 ( あれの ) またすべて 空 ( くう ) なる物に住まふ不淨の氣ここに漂ふ。 主 ( しゆ ) よ、君はすべての 書籍 ( しよじやく ) 、思想、偶像、祭官等よりわれを救ひ給ふ、 以色列 ( イスラエル ) が、「 柔弱家 ( にうじやくか ) 」の 軛 ( くびき ) に屈するを許し給はず、 君が死者の神にあらず、生きたる人の神なるをわれは知れり。 われは幻影と 傀儡 ( くわいらい ) とを 敬 ( けい ) せず、ディヤナも「義務」も「自由」も牛の姿のアピスも、 又はかの「天才」かの「英雄」或は 大人 ( たいじん ) 、 超人 ( てうじん ) 、すべて 忌 ( いま ) はしき 異形 ( いぎやう ) のものを敬せむや。 死の中にありてわれ自由なる 能 ( あた ) はざればなり。 われは眞に有る物の間に有りてこれをわが身に 缺 ( か ) く 可 ( べ ) からざる物とするに努む。 われは何物をも 凌駕 ( りようが ) せむとはせず、 唯 ( たゞ ) 眞の人たるを欲す。 主 ( しゆ ) が 諸 ( もろ/\ ) の 實在中 ( じつざいちゆう ) にありて、 完 ( まつた ) く、 且 ( か ) つ眞に、且つ生き給ふ如く眞ならむを欲す。 世上の 假説 ( かせつ ) 何ものぞ、われは 唯 ( たゞ ) 窓に 出 ( い ) でゝ、 夜 ( よる ) を開き、眼にはかの一 齊 ( せい ) に 列 ( なら ) びたる數字となりて、 わが必然の 一 ( いち ) といふ係數の 後 ( あと ) に幾多の 零 ( れい ) がつづく如き無數無限の星影を映さむのみ。 げに君は 晝 ( ひる ) の 後 ( あと ) に偉大なる闇を與へ、 夜天 ( やてん ) の實在を示し給へど、 われ今ここに在る如く、まさしく晝もまた幾千萬の星となりて現はれ、 六千有餘の 昴宿 ( ばうしゆく ) となりては 寫眞紙 ( しやしんし ) の上に署名すること、 調書 ( てうしよ ) の紙に罪人が指紋を押付くる如し。 天象 ( てんしやう ) の觀測者は 星辰 ( せいしん ) の 樞軸 ( すうぢく ) を求めて、ヘルクレス、ハルキュオオネを見出し又 諸 ( もろ/\ ) の星宿が、 司祭 ( しさい ) の肩なる 鉤鈕 ( かぎぼたん ) の如く、 色 ( いろ ) 燦爛 ( さんらん ) たる 寶玉 ( ほうぎよく ) を 鏤 ( ちりば ) めたる 莊嚴 ( さうごん ) に似たるを知る。 又ここにかしこに、世界の 果 ( はて ) には創造の 業 ( げふ ) 終る所、星雲あり、 宛 ( あたか ) も大海の波濤荒び卷き上がりて、 後 ( のち ) やうやく治まる時、見よ、 未 ( いま ) だ靜まらぬ 潮騷 ( しほざゐ ) の亂るる如く、 基督 ( クリスト ) の信徒は信仰の天に生きたる 同胞 ( どうはう ) の 萬聖節 ( ばんせいせつ ) が行はるるを見る。 主 ( しゆ ) よ、今君の 奉仕者 ( ほうししや ) と記入されたるわれらは鉛にあらず、石にあらず、 朽木 ( きうぼく ) のはしにあらず、 「我は仕へず」といふ姿して、 自 ( みづか ) らの心を堅め得るものあらむや。 ここに死が 生 ( いのち ) に克つにあらず、 生 ( いのち ) が死を 破 ( は ) するものにして、死は到底 生 ( いのち ) にはむかふ力なし。 嗚呼 ( あゝ ) 、 主 ( しゆ ) は 諸 ( もろ/\ ) の偶像を破棄し給へり。 君は 諸 ( もろ/\ ) の力を 其 ( その ) 座より退け給ひ、火の中の 焔 ( ほのほ ) さへも從へ給ふ。 港灣 ( かうわん ) に掃除の行はるる時、人夫等の黒き集團は 埠頭 ( ふとう ) を 蔽 ( おほ ) ひて、 船舶 ( せんぱく ) の 傍 ( かたへ ) に 立騷 ( たちさわ ) ぐ如く、 わが眼には 星辰 ( せいしん ) 雲集し又 無限 ( むげん ) 夜天 ( やてん ) は 生動 ( せいどう ) す。 われは 總額中 ( そうがくちゆう ) の一數字の如く、この身脱する 能 ( あた ) はず、 われに課せられたる 業 ( わざ ) は 唯 (