Collected Poems of Arthur Rimbaud — Arthur Rimbaud
[#ページの左右中央] 初期詩篇 [#改ページ] 感動 私はゆかう、夏の青き宵は 麦穂 臑 ( (すね) ) 刺す小径の上に、 小草 ( をぐさ ) を蹈みに 夢想家・私は私の足に、 爽々 ( (すがすが) ) しさのつたふを覚え、 吹く風に思ふさま、私の頭をなぶらすだらう! 私は語りも、考へもしまい、だが 果てなき愛は心の 裡 ( うち ) に、浮びも来よう 私は往かう、遠く遠くボヘミヤンのやう 天地の間を、女と伴れだつやうに幸福に。 [#改ページ] フォーヌの頭 緑金に光る葉繁みの中に、 接唇 ( くちづけ ) が眠る大きい花咲く けぶるがやうな葉繁みの中に 活々として、佳き 刺繍 ( ぬひとり ) をだいなしにして ふらふらフォーヌが二つの目を出し その 皓 ( (しろ) ) い歯で 真紅 ( まつか ) な花を咬んでゐる。 古酒と血に染み、 朱 ( あけ ) に浸され、 その唇は笑ひに開く、枝々の下。 と、逃げ隠れた――まるで栗鼠、―― 彼の笑ひはまだ葉に揺らぎ 鷽 ( (うそ) ) のゐて、沈思の森の金の 接唇 ( くちづけ ) 掻きさやがすを、われは見る。 [#改ページ] びつくりした奴等 雪の中、濃霧の中の黒ン坊か 炎のみゆる気孔の前に、 奴等 車座 ( くるまざ ) 跪 ( (ひざま) ) づき、五人の 小童 ( こわつぱ ) ――あなあはれ!―― ジツと見てゐる、 麺麭 ( (パン) ) 屋が焼くのを ふつくらとした金褐の麺麭、 奴等見てゐるその白い頑丈な腕が 粘粉 ( ねりこ ) でつちて 窯 ( (かま) ) に入れるを 燃ゆる窯の穴の中。 奴等聴くのだいい麺麭の焼ける音。 ニタニタ顔の麺麭屋殿には 古い 節 ( ふし ) なぞ唸つてる。 奴等まるまり、身動きもせぬ、 真ツ赤な気孔の 息吹 ( いぶき ) の前に 胸かと熱い息吹の前に。 メディオノーシュ(1)に、 ブリオーシュ(2)にして 麺麭を売り出すその時に、 煤けた大きい梁の下にて、 蟋蟀 ( (こほろぎ) ) と、出来たての 麺麭の皮とが 唄 ( (うた) ) ふ時、 窯の息吹ぞ命を煽り、 襤褸 ( (ぼろ) ) の下にて奴等の心は うつとりするのだ、此の上もなく、 奴等今更生甲斐感じる、 氷花に充ちた哀れな 基督 ( エス ) たち、 どいつもこいつも 窯の格子に、 鼻面 ( はなづら ) くつつけ、 中に見えてる色んなものに ぶつくさつぶやく、 なんと阿呆らし奴等は祈る 霽 ( (は) ) れたる空の光の方へ ひどく 体 ( からだ ) を捩じ 枉 ( (ま) ) げて それで奴等の股引は裂け それで奴等の肌襦絆 冬の風にはふるふのだ。 註(1)断肉日の最終日にとる食事。 (2)パンケーキの一種。 [#改ページ] 谷間の睡眠者 これは緑の窪、其処に小川は 銀のつづれを 小草 ( をぐさ ) にひつかけ、 其処に陽は、 矜 ( (ほこ) ) りかな山の上から 顔を出す、泡立つ光の小さな谷間。 若い兵卒、口を 開 ( あ ) き、頭は 露 ( む ) き出し 頸は露けき草に埋まり、 眠つてる、草ン中に倒れてゐるんだ 雲 ( そら ) の 下 ( もと ) 、 蒼ざめて。 陽光 ( ひかり ) はそそぐ緑の寝床に。 両足を、 水仙菖 ( (すゐせんあやめ) ) に突つ込んで、眠つてる、微笑むで、 病児の如く微笑んで、夢に入つてる。 自然よ、彼をあつためろ、彼は寒い! いかな香気も彼の鼻腔にひびきなく、 陽光 ( ひかり ) の中にて彼眠る、片手を静かな胸に置き、 見れば二つの血の 孔 ( あな ) が、右脇腹に 開 ( あ ) いてゐる。 [#改ページ] 食器戸棚 これは 彫物 ( ほりもの ) のある大きい食器戸棚 古き代の佳い 趣味 ( あぢ ) あつめてほのかな 材 ( (かし) ) 。 食器戸棚は開かれてけはひの中に浸つてゐる、 古酒の波、心惹くかをりのやうに。 満ちてゐるのは、ぼろぼろの 古物 ( こぶつ ) 、 黄ばんでプンとする下着類だの 小切布 ( こぎれ ) だの、 女物あり子供物、さては萎んだレースだの、 禿鷹の模様の 描 ( か ) かれた 祖母 ( ばあさん ) の肩掛もある。 探せば出ても来るだらう恋の形見や、白いのや 金褐色の髪の 束 ( たば ) 、 肖顔 ( にがほ ) や枯れた花々や それのかをりは 果物 ( くだもの ) のかをりによくは混じります。 おゝいと古い食器戸棚よ、おまへは知つてる沢山の話! おまへはそれを話したい、おまへはそれをささやくか 徐 ( (しづ) ) かにも、その黒い大きい扉が開く時。 [#改ページ] わが放浪 私は出掛けた、手をポケットに突つ込んで。 半外套は申し分なし。 私は歩いた、夜天の下を、ミューズよ、私は忠僕でした。 さても私の夢みた愛の、なんと壮観だつたこと! 独特の、わがズボンには穴が 開 ( あ ) いてた。 小さな夢想家・わたくしは、道中韻をば捻つてた。 わが宿は、大熊星座。大熊星座の星々は、 やさしくささやきささめいてゐた。 そのささやきを 路傍 ( みちばた ) に、腰を下ろして聴いてゐた あゝかの九月の宵々よ、酒かとばかり 額 ( ひたひ ) には、露の 滴 ( しづく ) を感じてた。 幻想的な物影の、中で韻をば踏んでゐた、 擦り剥けた、私の靴のゴム紐を、足を胸まで突き上げて、 竪琴 ( (たてごと) ) みたいに弾きながら。 [#改ページ] 蹲踞 やがてして、兄貴カロチュス、胃に不愉快を覚ゆるに、 軒窗に 一眼 ( いちがん ) ありて其れよりぞ 磨かれし大鍋ごとき陽の光 偏頭痛さへ 惹起 ( ひきおこ ) し、 眼 ( まなこ ) どろんとさせるにぞ、 そのでぶでぶのお 腹 ( なか ) をば布団の中にと運びます。 ごそごそと、灰色の布団の中で大騒ぎ、 獲物 ( えもの ) 啖 ( (く) ) つたる年寄さながら驚いて、 ぼてぼての腹に膝をば当てまする。 なぜかなら、 拳 ( こぶし ) を壺の柄と 枉 ( (ま) ) げて、 肌着をばたつぷり腰までまくるため! ところで彼氏 蹲 ( しやが ) みます、寒がつて、足の指をば ちぢかめて、 麺麭 ( (パン) ) の黄を薄い硝子に 被 ( き ) せかける 明るい日向にかぢかむで。 扨 ( (さて) ) お人好し氏の鼻こそは 仮漆 ( ラツク ) と光り、 肉出来の珊瑚樹かとも、射し入る 陽光 ( ひかり ) を厭ひます。 ★ お人好し氏は 漫火 ( とろび ) にあたる。腕拱み合せ、下唇を だらりと垂らし。彼氏今にも火中に滑り、 ズボンを焦し、パイプは消ゆると感ずなり。 何か小鳥のやうなるものは、少しく動く そのうららかなお 腹 ( なか ) でもつて、ちよいと臓物みたいなふうに! 四辺 ( あたり ) では、使ひ古るした家具等の睡り。 垢じみた 襤褸 ( ぼろ ) の中にて、 穢 ( けが ) らはし壁の前にて、 腰掛や奇妙な寝椅子等、暗い 四隅 ( よすみ ) に 蹲 ( (うづく) ) まる。食器戸棚はあくどい慾に 満ちた睡気をのぞかせる 歌手 ( うたひて ) 達の口を 有 ( (も) ) つ いやな熱気は 手狭 ( てぜま ) な部屋を立ち 罩 ( こ ) める。 お人好し氏の頭の中は、 襤褸布 ( ぼろきれ ) で一杯で、 硬毛 ( こはげ ) は湿つた皮膚の中にて、突つ張るやうで、 時あつて、猛烈 可笑 ( (をか) ) しい 嚏 ( (くさめ) ) も出れば、 がたがたの彼氏の寝椅子はゆれまする…… ★ その宵、彼氏のお 臀 ( しり ) のまはりに、月光が 光で出来た鋳物の 接合線 ( つぎめ ) を作る時、よく見れば 入り組んだ影こそ 蹲 ( しやが ) んだ彼氏にて、薔薇色の 雪の配景のその前に、たち 葵 ( (あふひ) ) かと…… 面白や、空の奥まで、 面 ( つら ) はヴィーナス追つかける。 [#改ページ] 坐つた奴等 肉瘤 ( こぶ ) で黒くて 痘瘡 ( あばた ) あり、 緑 ( あを ) い指環を嵌めたよなその 眼 ( まなこ ) 、 すくむだ指は腰骨のあたりにしよむぼりちぢかむで、 古壁に、漲る 瘡蓋 ( かさぶた ) 模様のやうに、前頭部には、 ぼんやりとした、気六ヶ敷さを貼り付けて。 恐ろしく夢中な恋のその時に、彼等は可笑しな 体躯 ( からだ ) をば、 彼等の椅子の、黒い大きい骨組に 接木 ( つぎき ) したのでありました。 枉がつた木杭さながらの彼等の足は、 夜 ( よる ) となく 昼となく組み合はされてはをりまする! これら 老爺 ( ぢぢい ) は何時もかも、椅子に腰掛け編物し、 強い日射しがチクチクと皮膚を刺すのを感じます、 そんな時、雪が硝子にしぼむよな、彼等のお 眼 ( めめ ) は 蟇 ( ひきがへる ) の、いたはし 顫動 ( ふるへ ) にふるひます。 さてその椅子は、彼等に甚だ親切で、 褐 ( かち ) に 燻 ( いぶ ) され、 詰藁は、彼等のお尻の 形 ( かた ) なりになつてゐるのでございます。 甞て照らせし日輪は、甞ての日、その尖に穀粒さやぎし詰藁の 中にくるまり今も猶、 燃 ( とも ) つてゐるのでございます。 さて奴等、膝を立て、元気盛んなピアニスト? 十 ( じふ ) の 指 ( および ) は椅子の下、ぱたりぱたりと 弾 ( たた ) きますれば、 かなし船唄ひたひたと、聞こえ来るよな思ひにて、 さてこそ奴等の 頭 ( おつむり ) は、恋々として横に揺れ。 さればこそ、奴等をば、 起 ( た ) たさうなぞとは思ひめさるな…… それこそは、 横面 ( よこづら ) はられた猫のやう、唸りを発し、湧き上り、 おもむろに、肩をばいからせ、おそろしや、 彼等の穿けるズボンさへ、むツく/\とふくれます。 さて彼等、禿げた頭を壁に向け、 打衝 ( ぶちあ ) てるのが聞こえます、枉がつた足をふんばつて 彼等の服の 釦 ( (ボタン) ) こそ、鹿ノ子の色の瞳にて それは廊下のどんづまり、みたいな眼付で睨めます。 彼等にはまた人殺す、見えないお 手 ( てて ) がありまして、 引つ込めがてには彼等の 眼 ( め ) 、打たれた犬のいたいたし 眼付を想はすどす黒い、悪意を 滲 ( にじ ) み出させます。 諸君はゾツとするでせう、恐ろし漏斗に吸込まれたかと。 再び坐れば、汚ないカフスに半ば隠れた 拳固 ( げんこ ) して、 起 ( た ) たさうとした人のこと、とつくり思ひめぐらします。 と、貧しげな顎の下、 夕映 ( ゆふばえ ) や、扁桃腺の色をして、 ぐるりぐるりと、ハチきれさうにうごきます。 やがてして、ひどい睡気が、彼等をこつくりさせる時、 腕敷いて、彼等は夢みる、結構な椅子のこと。 ほんに可愛いい愛情もつて、お役所の立派な 室 ( へや ) に、 ずらり並んだ房の下がつた椅子のこと。 インキの泡がはねツかす、 句点 ( コンマ ) の形の花粉等は、 水仙菖の線真似る、 蜻蛉 ( とんぼ ) の飛行の如くにも 彼等のお臍のまはりにて、彼等をあやし眠らする。 ――さて彼等、腕をもじ/\させまする。髭がチクチクするのです。 [#改ページ] 夕べの辞 私は坐りつきりだつた、理髪師の手をせる天使そのままに、 丸溝のくつきり付いたビールのコップを手に持ちて、 下腹突き出し頸反らし陶土のパイプを口にして、 まるで 平 ( たひら ) とさへみえる、荒模様なる空の下。 古き鳩舎に煮えかへる 鳥糞 ( うんこ ) の如く、 数々の夢は私の胸に燃え、徐かに焦げて。 やがて私のやさしい心は、沈欝にして 生々 ( なま/\ ) し 溶 ( とろ ) けた金のまみれつく液汁木質さながらだつた。 さて、夢を、細心もつて 嚥 ( (の) ) み下し、 身を転じ、――ビール三四十杯を飲んだので 尿意遂げんとこゝろをあつめる。 しとやかに、 排香草 ( ヒソフ ) や杉にかこまれし天主の如く、 いよ高くいよ 遐 ( (とほ) ) く、褐色の空には向けて放尿す、 ――大いなる、ヘリオトロープにうべなはれ。 [#改ページ] 教会に来る貧乏人 臭い 息 ( いき ) にてむツとする教会の隅ツこの、 樫材 ( かし ) の 床几 ( (しやうぎ) ) にちよこなんと、 眼 ( め ) は一斉に てんでに丸い 脣 ( くち ) してる唱歌隊へと注がれて。さて 二十人なる唱歌隊、大声で、敬虔な讃美歌を 怒鳴 ( どな ) ります。 蝋の 臭気 ( にほひ ) を吸ひ込める麺麭の匂ひの如くにも、 なんとはや、打たれた犬と気の弱い貧乏人等が、 旦那たり我君様たる神様に、 可笑しげな、なんとも頑固な 祈祷 ( おいのり ) を捧げるのではございます。 女連 ( をんなれん ) 、滑らかな床几に坐つてまあよいことだ、 神様が、苦しめ給ふた暗い 六日 ( むいか ) のそのあとで! 彼女等あやしてをりまする、めうな 綿入 ( わたいれ ) にくるまれて 死なんばかりに泣き叫ぶ、まだいたいけな子供をば。 胸のあたりを汚してる、 肉汁食 ( スープぐら ) ひの彼女等は、 祈りするよな眼付して、祈りなんざあしませんで、 お転婆娘の一団が、いぢくりまはした帽子をかぶり、 これみよがしに振舞ふを、ジツとみつめてをりまする。 戸外には、寒気と飢餓と、而も男はぐでんぐでん。 それもよい、しかし 後刻 ( あと ) では名もない病気! ――それなのにそのまはりでは、干柿色の 婆々連 ( ばばあれん ) 、 或ひは呟き、鼻声を出し、或ひはこそこそ話します。 其処にはびツくりした奴もゐる、昨日巷で人々が 避 ( よ ) けて通つた 癲癇病者 ( てんかん ) もゐる、 古いお 弥撒 ( みさ ) の 祈祷集 ( おいのりぼん ) に、 面 ( つら ) つツ込んでる 盲者 ( めくら ) 等は 犬に連れられ来たのです。 どれもこれもが間の抜けた物欲しさうな呟きで 無限の嘆きをだらだらとエス様に訴へる エス様は、 焼絵玻璃 ( やきゑがらす ) で黄色くなつて、高い所で夢みてござる、 痩せつぽちなる悪者や、 便々腹 ( べんべんばら ) の 意地悪者 ( いぢわる ) や 肉の臭気や織物の、 黴 ( か ) びた 臭 ( にほ )