The Story of the Youth Who Went Forth to Learn What Fear Was — Brothers Grimm
あるおとうさんが、ふたりのむすこをもっていました。にいさんのほうはりこうで、頭がよくて、なんでもじょうずにやってのけました。ところが、弟のほうときたら、まぬけで、なんにもわからないし、なにひとつおぼえることもできないというありさまでした。ですから、弟の顔を見るたびに、だれもかれもこういうのでした。 「こういうむすこがいたんじゃ、おやじさんはいつまでたってもたいへんだなあ!」 こんなわけですから、なにかすることのあるときには、いつもきまって、にいさんがやらされました。けれども、ときには、おそくなってからとか、どうかすると 夜中 ( よなか ) などに、なにかとってきてくれと、おとうさんからいいつかることもあります。そんなとき、 墓地 ( ぼち ) とか、あるいはどこかおそろしい 場所 ( ばしょ ) をとおっていかなければならないようなばあいには、にいさんはいつもこうこたえました。 「いやだ、いやだ、おとうさん。そんなところへはいかないよ。ぞっとする。」 なぜって、にいさんはこわくてたまらなかったのです。また、夜など、 炉 ( ろ ) ばたで 身 ( み ) の 毛 ( け ) のよだつような話がでますと、きいているものは「うわあ、ぞっとする」と、よくいいます。 弟はすみっこにすわって、じぶんもその話をきいているのですが、それがなんのことやら、さっぱり 見当 ( けんとう ) がつきません。 「みんな、しょっちゅう、ぞっとする、ぞっとするっていってるが、おれはちっともぞっとなんかしやしねえ。こいつは、きっと、おれにはわからねえことなんだろう。」 さて、あるときのこと、おとうさんが弟にむかってこんなことをいいました。 「おい、そのすみっこにひっこんでいる 小僧 ( こぞう ) 、おまえは、もうそのとおり大きく、がっしりした男になった。おまえもなにかひとつ、ならいおぼえて、じぶんでくっていくようにしなくちゃいかん。みろ、にいさんはいっしょうけんめいやってるのに、おまえときたら、まるではしにも 棒 ( ぼう ) にもかからん。」 「うん、おとうさん、おれもなにかおぼえたいよ。そうだ、もしできたら、ぞっとするってことをおぼえたいな。そいつは、おれにはちっともわからねえもの。」 にいさんはこれをきいて、わらいだしましたが、心のなかでひそかに思いました。 (ああ、ああ、弟のやつは、なんて大ばかなんだ。あれじゃ、 一生 ( いっしょう ) かかったって、 もの になりゃしない。 三 ( み ) つ 児 ( ご ) の 魂 ( たましい ) 百までっていうからなあ。) おとうさんは、ため 息 ( いき ) をついていいました。 「ぞっとするか、そいつをおぼえるのもいいだろう。だがそんなことをおぼえたって、それではくっちゃいけないぞ。」 それからまもなく、お 寺 ( てら ) の 役僧 ( やくそう ) がこのうちへたずねてきました。そこでおとうさんは、じぶんの 心配 ( しんぱい ) を、この役僧に話して、弟むすこはなにをやらせてもだめで、なんにもわからないし、なにひとつ、ならいおぼえることもできないといいました。 「まあ、あなた、考えてもみてください。わたしが、なにをやってくっていくつもりだとききますとね、どうでしょう、ぞっとすることをおぼえたいなんて、とんでもないことをぬかすんですよ。」 「それだけのことなら、わたしのところでおぼえられますよ。」 と、 役僧 ( やくそう ) はこたえていいました。 「まあ、そのむすこさんをわたしのところへよこしてごらんなさい。きっと、しこんであげますよ。」 おとうさんは、あの 小僧 ( こぞう ) も、ちっとはしこんでもらえるかなと、考えましたので、すぐ役僧にたのむことにしました。 こういうわけで、役僧はむすこをうちにつれていきました。むすこはそこで 鐘 ( かね ) つきをすることになりました。 それから二、三日たった、ある 晩 ( ばん ) のことです。ま 夜中 ( よなか ) ごろ、とつぜん 役僧 ( やくそう ) がむすこをおこしました。そして、すぐに 寝床 ( ねどこ ) からおきて、 塔 ( とう ) にのぼって、 鐘 ( かね ) をついてこい、といいつけました。 (ぞっとするっていうのがどんなことか、きっとおぼえさせてやる。) 役僧はこう考えて、じぶんはむすこよりもひと足さきに、こっそりでかけました。 むすこが 塔 ( とう ) にのぼって、くるりとむきなおって、いざ 鐘 ( かね ) のつなをにぎろうとしたときです。ふと見ますと、ひびき 穴 ( あな ) にむかいあった 階段 ( かいだん ) の上に、なにやら白いものが立っているではありませんか。 「そこにいるのはだれだ。」 と、むすこがさけびました。けれども、その白いものはうんともすんともいわず、 身動 ( みうご ) きひとつしません。 「へんじをしろ。」 と、むすこがまたもやどなりました。 「さもなきゃ、きえてうせろ。この夜中に、こんなところに用はないはずだ。」 けれども 役僧 ( やくそう ) は、 若者 ( わかもの ) におばけだと思いこませようと思って、なおも身動きひとつせず、じっと立っていました。それを見て、若者はまたまたどなりました。 「きさま、ここでなにをしようってんだ。まともな人間なら、口をきけ。さもなきゃ、階段からつきおとすぞ。」 しかし 役僧 ( やくそう ) は、なあに、口さきだけで、そんなことはできまい、と考えて、あいかわらずだまりこくったまま、まるで石ででもできているように、つっ立っていました。 若者 ( わかもの ) はもういっぺんどなりつけました。しかし、それでもなんのききめもありません。そこで、こんどはいきおいよくおばけにおどりかかって、おばけを 階段 ( かいだん ) からつきおとしてしまいました。おばけは十段ばかりころがりおちて、すみっこにのびたまま、うごかなくなってしまいました。 それから、若者は 鐘 ( かね ) をついて、役僧のうちにかえりました。そして、なんにもいわずに、さっさと 寝床 ( ねどこ ) にもぐりこんで、またねむってしまいました。 役僧 ( やくそう ) のおかみさんは、ご 主人 ( しゅじん ) のかえりを長いこと 待 ( ま ) っていましたが、いつまでたっても、ご主人はもどってきません。それで、とうとう 心配 ( しんぱい ) になって、若者をおこして、きいてみました。 「あんた、うちのひとがどこにいるか知らない? あんたよりもさきに、 塔 ( とう ) にのぼったんだけどね。」 「知りませんねえ。」 と、 若者 ( わかもの ) はこたえました。 「だけど、あそこのひびき 穴 ( あな ) のむかいがわの 階段 ( かいだん ) の上に、だれだか立っていましたよ。おれがいくらよんでもへんじもしないし、おりていこうともしないから、おれはどろぼうかなんかだと思って、つきおとしてやりましたよ。まあ、いってごらんなさい。そうすりゃ、 坊 ( ぼう ) さんかどうかわかりますからね。もし坊さんだったとすりゃ、気のどくなことをしたなあ。」 いわれて、おかみさんがとんでいってみますと、やっぱりご 主人 ( しゅじん ) です。 役僧 ( やくそう ) は、すみっこにへたばって、うんうんうなっていました。むりもありません。かたっぽうの足の 骨 ( ほね ) がおれてしまったのですからね。 おかみさんは役僧をかつぎおろしますと、すぐその足で、 若者 ( わかもの ) のおとうさんのところへどなりこみました。 「おまえさんとこのむすこはね。」 と、おかみさんはわめきたてました。 「えらいことをしでかしてくれたよ。うちのひとを 階段 ( かいだん ) からつきおとしてさ、おかげでうちのひとは、かたっぽうの足をおっちまったんだよ。あんな ろくでなし は、さっさとうちからつれてっとくれ。」 おとうさんはびっくりぎょうてんして、すぐさまとんでいって、むすこをしかりとばしました。 「なんてえばちあたりのいたずらをするんだ。おまえは 悪魔 ( あくま ) にでもとっつかれたにちがいない。」 「おとうさん、まあ、きいとくれよ。」 と、むすこがいいました。 「おれはちっともわるかあないんだぜ。 坊 ( ぼう ) さんたら、まるでわるだくみでもするやつみたいに、ま 夜中 ( よなか ) にそんなところにつっ立ってたんだ。おりゃあ、だれだかわからねえから、三べんも 注意 ( ちゅうい ) してやって、口をきくなり、おりてくなりしろっていったんだもの。」 「ああ、おまえのおかげで、おれはとんでもないめにばかりあっている。おまえはどこかへいっちまってくれ。おまえの顔なんかもう二度と見たくない。」 と、おとうさんがいいました。 「いや、おとうさん、そいつはありがたいよ。だけど、 夜 ( よ ) のあけるまで 待 ( ま ) っておくれ。夜があけたら、どこかへでかけていって、ぞっとするってやつをおぼえてくるよ。そうすりゃ、おれもそいつでめしをくってくことができるってもんだ。」 「なんでもおまえのすきなことをならうがいい。」 と、おとうさんはいいました。 「わしにとっちゃ、なんだっておんなじことだ。それ、この五十ターレルをおまえにやる。これをもって、ひろい 世 ( よ ) のなかへでていくがいい。だが、 生 ( う ) まれ 故郷 ( こきょう ) やおやじの名まえを口にするんじゃないぞ。わしがはじをかくことになるからな。」 「わかったよ、おとうさん、だいじょうぶ、それくらいのことなら、よく気をつけてわすれねえようにするよ。」 やがて、夜があけますと、 若者 ( わかもの ) は五十ターレルをポケットにつっこんで、大通りにでていきました。そして、歩きながら、ひっきりなしに、 「ああ、ぞっとしたいもんだ。ぞっとしたいもんだ。」 と、ひとりごとをいっていました。 そこへ、ひとりの男がやってきました。男は、 若者 ( わかもの ) がひとりでしゃべっていることばを耳にしました。それから、こんどは、ふたりでしばらく歩いていきますと、むこうに 首 ( くび ) つり 台 ( だい ) が見えてきました。すると、男は若者にいいました。 「おまえさん、ほら、あそこに木があるだろう。あそこで、七人の男が (1) なわ 屋 ( や ) のむすめと 結婚 ( けっこん ) したとこなんだ。やっこさんたち、いまはブランブランととぶけいこをしているのさ。おまえさん、あの下にすわって、夜まで 待 ( ま ) っていてみな。きっと、ぞっとするってことがおぼえられるだろうよ。」 「たったそれっくらいのことなら――」 と、 若者 ( わかもの ) はこたえました。 「なんでもねえや。だが、ぞっとするってことが、そんなにあっさりとおぼえられるんなら、このおれのもってる五十ターレルはおまえさんにやるよ。まあ、あしたの朝、もういちどおれんとこへきな。」 そこで若者は、首つり台のところへいき、その下にすわって、夜まで待っていました。からだはこごえそうに寒くてたまりません。そこで、若者はたき火をはじめました。けれども、ま 夜中 ( よなか ) ごろには、風がばかにつめたくなってきて、いくら火をたいても、ちっともあたたかくなりませんでした。風にふかれて、首つり台にぶらさがっている 死 ( し ) がいが、たがいにぶっつかりあっては、ユラリユラリとゆれました。それを見て、若者は、 (おれなんか、このたき火のそばにいても寒いんだ。あんな高いところにいるやつらは、さぞ寒くて、がたがたふるえているだろうなあ。) と、思いました。 若者 ( わかもの ) は、もともと思いやりぶかい たち でしたので、さっそくはしごをかけて、のぼっていきました。そして、ひとりずつじゅんじゅんにつなをほどいて、七人の男をみんな下におろしてやりました。それから、火をかきたてては、プウプウふいて、からだがよくあたたまるように、みんなを火のまわりにすわらせてやりました。ところが、みんなはすわったきり、 身動 ( みうご ) きひとつしません。そのうちに、 着物 ( きもの ) には火がついてしまいました。それを見て、若者は、 「気をつけろよ。でないと、もういちど上へぶらさげるぞ。」 と、いいました。 ところが、 死人 ( しにん ) は耳がきこえません。うんともすんともいわず、ぼろ着物はもえほうだいです。 若者 ( わかもの ) はぷんぷん 腹 ( はら ) をたてて、いいました。 「おまえたちがじぶんで気をつける気がないんなら、たすけてやることはできねえよ。おれは、おまえたちのおつきあいで 焼 ( や ) け 死 ( し ) ぬのはごめんだぜ。」 そこで若者は、死人どもを、またもとのようにじゅんじゅんにつるしあげました。それから、たき火のそばにすわって、ぐうぐうねこんでしまいました。 あくる朝になりますと、きのうの男がやってきて、五十ターレルをもらうつもりで、こういいました。 「どうだい、ぞっとするってのは、どんなことだかわかったかい?」 「とんでもねえ。」 と、 若者 ( わかもの ) はこたえていいました。 「いったい、どうしたらそいつがわかるんだろうなあ。あそこにぶらさがってるやつらは、口をききもしねえし、それに、とんでもねえ あほう ときてやがる。なんしろ、じぶんのきているぼろ 着物 ( きもの ) がもえたって、そのままほっとくんだからなあ。」 相手 ( あいて ) の男も、このようすでは、とてもきょうは五十ターレルをもらえそうもないとみてとって、そのままいってしまいました。けれども、 「あんなやつには、まだあったことがない。」 と、いいました。 若者 ( わかもの ) もふたたび歩きだしましたが、またまた、 「ああ、なんとかしてぞっとしたいもんだなあ。ああ、ぞっとしたいもんだ。」 と、ひとりごとをいいはじめました。これを、若者のうしろから 荷馬車 ( にばしゃ ) をひっぱってきた 運送屋 ( うんそうや ) が耳にはさみました。そして、 「おめえさんはだれだい。」 と、たずねました。 「知らねえよ。」 と、 若者 ( わかもの ) はこたえました。 「おめえさん、生まれはどこだい。」 と、 運送屋 ( うんそうや ) が