離婚届を破る夜 — Epoche C1
場面設定: ソウル・梨泰院の自宅マンション、梅雨明けの夜。提出寸前の離婚届をテーブルの上に置いたまま、韓国人弁護士の鎮宇と日本人デザイナーの美穂が、最後の対話の時間を取る。 美穂、明日の朝、区役所に提出する前に、もう一晩だけ話す時間を取りたいと申し上げました。これは未練ではなく、私どもの結論を踏まえて、正式に幕を閉じるための儀式とお考えくださいませ。 儀式というご表現に、鎮宇さんの誠実さが滲んでおります。私もまた、この一年半の冷却期間を踏まえて、結論には納得しているわけでございます。ただ、最後の儀式としての対話には、応じざるを得ない次第でございます。 結論への納得、というお言葉を伺って、私の中で何かが一瞬、揺れたのでございます。弁護士として申しますと、結論への納得と、結論への執行は、別次元の出来事でございます。納得はしていても、執行を躊躇うことは、論理的に矛盾ではございません。 その弁護士らしいお言葉は、私を試していらっしゃるのでしょうか。それとも、ご自身を試していらっしゃるのでしょうか。離婚届という紙一枚を、お互いに渡せぬまま、12日間が過ぎたわけでございますね。 12日。あなたは数えていらしたのですね。私も数えておりました。お互いに、数えていないふりをしていただけ、というわけでございます。これは、納得した結論を執行する者の振る舞いとしては、いささか不誠実でございます。 不誠実、というお言葉を踏まえますと、私どもは結論を裏切る方向へと歩いている、ということになりましょうか。一年半前の決意は、確かに正でございました。しかし、現在の私どもは、その正に対する反として、別の何かを感じ始めているのでございます。 正と反、という弁証法的な構図は、私の専門外でございますが、ヘーゲル的に申しますと、合への止揚が必要となるわけでございます。離婚という反を経て、私どもは新しい関係という合に到達できる可能性は、論理上、否定できぬ次第でございます。 論理上の可能性と、感情上の現実は、必ずしも一致しないのでございます。私はこの一年半、修復という言葉を口にすることを自分に禁じてまいりました。今、その禁を解くべきか否か、私自身の中で揺らいでおります。 禁を解くという行為は、これまでの一年半の労苦を否定するものではございません。労苦を踏まえた上で、新しい段階に進む、というわけでございます。むしろ、労苦なくして修復はあり得ないのでございます。 修復、というお言葉を、ようやくお互いに発することができました。ただ、修復には恐怖が伴うのでございます。再び傷つく可能性を踏まえれば、もう一度同じ場所に立つことに躊躇いがあるのは、当然のことでございます。 恐怖を共有することは、修復の第一歩でございます。一年半前は、私どもは互いの恐怖を否定し合っておりました。今は、互いの恐怖を認めた上で、それでも一緒に居ようとしている、というわけでございます。これは、明らかな進展でございます。 進展を認めるならば、テーブルの上の離婚届に関しては、明日の朝、提出する必要はないというわけでございますね。それを、私どもの結論として、今夜定めても、よろしゅうございますでしょうか。 ……はい、結構でございます。それでは、この紙を、私の手で破かせていただきます。一枚目、二枚目、四つに、八つに……。これで、明日の朝、私どもは区役所には参りません。 ありがとうございます。鎮宇さん、紙を破かれたお手元が震えておられました。一年半の決意を、今夜手放されたわけでございますから、揺らぎは当然でございます。私の方も、震えております。 ……正直に申し上げます。私が破ったのは、離婚届という紙ではなく、自分の意地でございます。結論を貫き通す自分でいたいという、弁護士らしい意地。それを、ようやく今夜、あなたの前で破らせていただいた、というわけでございます。 解説: 離婚届を破ることに合意した後、最後に「破ったのは紙ではなく自分の意地だ」と静かに認める本音の漏れの落ち。弁証法的に正(別れ)・反(撤回)・合(新たな関係)へと止揚する論理展開を、最後に弁護士の「意地」という個人的真実で完結させる構造。