The Land of Heart's Desire — William Butler Yeats
[#ページの左右中央] 人 マアチン・ブルイン 父 ブリヂット・ブルイン 母 ショオン・ブルイン マアチンの子 メリイ・ブルイン ショオンの妻 神父ハアト フェヤリイの子供 遠いむかし アイルランド、スリゴの地、キルマックオエンの領内にあったこと [#改ページ] 部屋の右の方に深い凹間がある、凹間の真中に炉。凹間には腰掛とテイブルあり、壁に十字架像がある。炉の火の光で凹間の中が明るい。左手に戸口、戸があいている、その左に腰掛。戸口から森が見える。よるではあるが、月かあるいは夕日の消え残ったうすあかりか樹々のあいだにほのかなひかりがあって、見る人の眼をとおくのぼんやりした不思議な世界にみちびく。マアチンとショオンとブリヂットの三人が凹間のテイブルの側や火の側に腰かけている。古いむかしの服装。その側に神父ハアト腰かけている。僧服をつけて。テイブルの上に食物と酒。 若き妻メリイ戸のそばに立って本を読んでいる。彼女が本から眼をあげて見れば戸口から森の中まで見えるのである。 [#改ページ] ブリヂット 夕食の支度に鍋を洗えといいますと 屋根うらからあんな古い本を出して来ました それから読みつづけております。 神父様、 彼女 ( あれ ) をほかの人たちのように働かせましたら どんなに苦しがったり泣いたりいたしましょう わたしのように夜明から起きて縫いものをしたり掃除をしたり また、あなたのように尊いお器と聖いパンをお持ちになって あらい夜も馬でお歩きになる、そのようにしろといいましたら ショオン お母さん、あなたはやかまし過ぎる ブリヂット お前は夫婦だから 彼女 ( あれ ) の気に逆うまいと思って、 彼女 ( あれ ) の味方ばかりする マアチン (神父ハアトに [#「ハアトに」は底本では「ハトアに」] 向って) 若いものが若い者の味方をするのは当前で 彼女 ( あれ ) は時々わたしの家内と喧嘩もやります 今はあのとおり古い本に夢中になっていますが しかしあまりお叱り下さるな、 彼女 ( あれ ) もいまに 木に生えたやぶだまのように静かになりましょう 新婚の夜の月が夜明になりやがて消えて それを十遍もくり返しているうちには ハアト 彼等の心は荒い 鳥どもの心と同じように、子供が生れるまでは ブリヂット 薬缶の湯を入れるでもなし、牛の乳をしぼるではなし 食事の支度の切れをかけたりナイフを並べることもしません ショオン お母さん、もし―― マアチン これには半分しか酒がないよ、ショオン、 行って家にある一ばん良い酒の壜を持って来てくれ ハアト いままで 彼女 ( あれ ) が本を読んでるのを見たことはなかったが 何の本だろう マアチン (ショオンに) 何を待っているのだ 口をあけるとき壜を振ってはいけない 大切な酒だ、気をつけておくれ (ショオン行く) (神父に向って) オクリスの岬でスペイン人が難船したことがありました わたしの若い時のことですが、まだその時の酒が残っています 倅は 彼女 ( あれ ) の悪くいわれるのを聞いていられないと見えます。あの本は この五十年来、屋根うらに置いてあったのです わたしの父の話では 祖父 ( じじい ) がそれを書いたのだそうで 牡犢を殺してその皮で本のおもてを拵えたのだそうです―― 夕食の支度が出来ました、食べながらお話しましょう 祖父 ( じじい ) はあの本のために何もよい事は来なかったようです 家のなかは、旅の胡弓ひきや 旅の唄うたいの人たちでいっぱいになりました そこにあなたの前に焼パンがあります。 むすめや、どんな不思議な事がその本にあるのだい パンがつめたくなるまで夢中で読んでいるほどの? もしわたしや わたしのおやじがそんな本を読んだり書いたりしていたらば わたしが死んだあと、黄ろい 金貨 ( かね ) のいっぱい詰まった靴足袋を ショオンやお前に残してやることは出来なかったろう ハアト ばからしい夢を頭に入れてはいけないよ 何を読んでいるのだい メリイ 王女イデーンという アイルランドの王のむすめが、きょうと同じ 五月祭の前の夜、誰かのうたってる歌の声をききました 王女は覚めてるような眠ってるような気持でその声を追って フェヤリイの国に行きました その国はだれも年とったりしかつめらしくなったり真面目になったりしない だれも年とったりずるくなり賢くなったりしない だれも年とったり口やかましくなったりしない国なのです 王女はまだ今でもそこにいていつも踊っているそうです 森の露ふかい蔭や 星の歩く山のいただきで マアチン その本を捨てるようにむすめにおっしゃって下さい わたしの 祖父 ( じじい ) はちょうど同じような事をいっていました それで犬や馬を見分ける眼も持たず どんななまけ者の若い衆のお世辞にものせられました あなたのお考えをあれにおっしゃって下さい ハアト むすめよ、その本は捨てておしまい 神はわれわれの上に天を大きな翼のようにお拡げなされ 生きて暮してゆく日の小さなくりかえしをお与え下さる そこに、堕された 天使 ( つかい ) たちが来て罠をかけて 愉快な希望や真実らしい夢で人を釣るのだ 釣られた者の心は誇りにふくらんで おそれたり喜んだりして神の平和から離れて行く それは堕されて、涙に目のくもった 天使 ( つかい ) たちの一人であったろう そのイデーンの心に楽しい言葉でとり入ったのは むすめよ、わしは心の落ちつかない苛々した 娘たちを見たこともあるが、年つきが過ぎて かれらも隣近所の人たちと同じようになり、よろこんで 子供たちの世話をしたりバタを拵えたり 婚礼や通夜の噂ばなしをするようになってしまった 人のいのちは夢の赤い輝きから出て 平凡な月日の平凡なひかりの中にはいってゆくのだ 老年がふたたびその赤い輝きを持って来てくれるまで マアチン それは本当です――しかしそれが本当だとは、 彼女 ( あれ ) のような若いものには分かりません ブリヂット 遊んだりなまけたりしているのが 悪いということぐらいは分かる 年齢 ( とし ) です マアチン わたしは 彼女 ( あれ ) をとがめはしません 倅が畑に出ていると 彼女 ( あれ ) はぼんやりしているようです それと、あるいは家内の口小言に追われて 彼女 ( あれ ) は自分の夢のなかに隠れるようになったのでしょう 子供たちが夜具の中に 暗黒 ( くらさ ) から隠れるように ブリヂット 彼女 ( あれ ) は何一つしやしませんわたしが黙っていたらば マアチン こういう五月祭の前の夜、フェヤリイの世界の人たちのことを 考えるのは自然かも知れない。それはそうと、むすめよ 祝福 ( いわい ) の 山櫨子 ( さんざし ) の枝があるか 家のなかに幸運が来るようにと 女のひとたちが入口の柱にかける山櫨子の枝は 五月祭の前夜の日がくれては フェヤリイは新しくよめいりした花嫁でも盗みに来るかも知れない 炉辺で年寄の女たちの話すことは うそばかりでもあるまいから ハアト それは本当のことかも知れない 神がなにかの不思議な目的のために 魔の霊どもにどれだけの力をお許しおきなさるかは 我等には分らない。それがよろしい (メリイに) むかしからの罪のない習慣は守る方がよろしい (メリイ・ブルイン山櫨子の枝を腰掛から取り上げて入口の柱の釘にかける。見なれない服装の、不思議なみどり色の衣を着た女の子が森から来てその枝を取る) メリイ あの枝を釘にかけるが早く 子供が風のなかから駈けて来て 枝を取っていじっています 夜明の前の水のように青い顔をした子供です ハアト どこの子供だろう マアチン 何処の子でもないでしょう 彼女 ( あれ ) は時々たれかが通ったように思うのです 風がひと吹き吹いただけでも メリイ 祝福 ( いわい ) の山櫨子の枝を取って行ってしまったから ここの 家 ( うち ) には 幸運 ( さいわい ) は来ないかもしれない でもわたしはあの人たちに親切にしてやって嬉しい あの人たちも、やっぱり、神の子供たちでしょう ハアト むすめよ、彼等は悪魔の子供たちだよ 彼等は最後の日まで力を持っている 最後の日に神は彼等と大なる戦いをなされて 彼等をこなごなにお砕きなさるだろう メリイ 神は 微笑 ( ほほえみ ) なさるかも知れません ハアト そして神父様、神は天の戸を開けておやりになるかも知れません 悪の 天使 ( つかい ) たちはその戸を見るだけで 無限の平和に打れて亡びるだろう その 天使 ( つかい ) たちがわれわれの戸を叩く時 いでて彼等と共に行くものはおなじ暴風の中も彼等と共に行かなければならぬ (瘠せて [#「(瘠せて」は底本では「瘠せて」] 老人じみた手が柱のかげから出て叩いたり手招きしたりする。それが銀いろの光にはっきり見える。メリイ・ブルイン戸口に行きその光の中に暫らく立っている。マアチン・ブルインは神父の皿に何か盛るのに忙しい。ブリヂット・ブルイン火をいじる) メリイ (テイブルの方に来る) だれか外にいてわたしを手招きしています 杯でも持ってるように手をあげて 飲む手つきをします、きっと 何か飲みたいのでしょう (テイブルから乳を取って戸口に持ってゆく) ハアト 何処の子でもあるまいとお前がいったその子供だろう ブリヂット それでも神父様、この人のいうことは本当かも知れません 一年のうちに二度とはございません 今夜のように悪い晩は マアチン 何も悪いことが来る筈はない 神父様がうちの屋根の下にいて下さるあいだは メリイ みどり色の着物を着た小さい奇妙な年寄の女です ブリヂット フェヤリイの人たちも乳と火を貰いに歩くといいます 五月祭の 前夜 ( よみや ) には――それをやった家は災難です 一年のあいだその家はフェヤリイの力の下にあるといいます マアチン 黙って、黙っていなさい ブリヂット 彼女 ( あれ ) は乳をやってしまった わたしは 彼女 ( あれ ) がこの家に悪いことを持って来るだろうと思っていた マアチン どんな人だった メリイ 言葉も顔つきも 異 ( かわ ) っていました マアチン 前の週にクロオバア・ヒルに外国の人たちが来たそうだ その女はその人たちの一人かもしれない ブリヂット わたしは恐ろしい ハアト 十字架があすこにかかっているあいだは どんなわざわいもここの家には来ない マアチン むすめよ、ここに来てわたしの側におかけ 物たりなさの夢は忘れてくれ わたしはお前に自分の老年を明るくしてもらいたいのだ その 泥炭 ( すみ ) の燃えてるように明るく。わたしが死ねば お前はこの辺いちばんの金持になれる、むすめよ わたしは黄ろい金貨のいっぱい詰まった靴足袋を 誰も見つけ出せないところに隠して持っているのだよ ブリヂット お前は綺麗な顔には直ぐだまされる わたしは物惜しみをしたりけちにしなければならないのか、倅のよめが いろいろなリボンを頭につけるために マアチン 腹を立てるな、 彼女 ( あれ ) はまったくいい娘だ バタはあなたのお手の側に、神父様 むすめよ、運も時も 変 ( かわり ) も わたしとそこにいるブリヂット婆さんのためにはうまく行ったと思わないか わたしらはよい田地の百エーカアも持っている そして火のそばに並んで腰かけている ありがたい神父さまを自分の友だちにし お前の顔を見、倅の顔も見ていられる―― あれの皿をお前の皿の側に置いたよ――そら、あれが来た そしてわれわれがたった一つ不足にしていたものを持って来てくれた 好い酒をたくさん (ショオン登場) 火を掻き立ててくれ 燃え上がるように新しい 泥炭 ( すみ ) を入れて 火からうず巻いてのぼる 泥炭 ( すみ ) の煙をながめ 心に満足と智慧を感じる これが人生の幸福だ、われわれ若いときは 前にだれも蹈んだことのない道を蹈んで見たがるものだ しかし尊い古い道を愛のなかから 子を思う心の中から見つけ出す、そしてその道を行くのだ 運と時と 変 ( かわり ) とにさよならを言うときまで (メリイ炉から泥炭の一塊を取り戸口から外に出る、ショオン彼女の後に行き、内にはいって来る彼女と会う) ショオン あのうすら寒い森に何しに行ったのだ 樹の幹と幹のあいだに光がある 身ぶるいがするような光が メリイ 小さな変な年よりが わたしに手真似をして火が欲しいというんです 煙草を吸うために ブリヂット お前は乳と火をやったね 一年じゅうのいちばん悪い晩に、そしてきっと この悪に家い [#「この悪に家い」はママ] ことを来させるのだろう 結婚前にはお前はなまけもので上品で 頭にリボンをつけて歩き っていた そして今――いいえ、神父様、いわせて下さいまし これは誰の女房にもなれる人ではないんです ショオン 静かにしないか、お母さん マアチン お前は気むずかし過ぎるよ メリイ わたしは構いはしません、もしこの家を 一日じゅうにがい言葉ばかり聞かせられる この家をフェヤリイの力に陥しいれたところで ブリヂット お前もよく知ってる筈だ あの人たちの名を呼び あの人たちの噂をするだけでも その家にいろいろな災難の来るということは メリイ おいで、フェヤリイよ、このつまらない家からわたしを連れ出しておくれ わたしの失くしたすっかりの自由をまた持たせておくれ 働きたい時にはたらき遊びたい時に遊ぶ自由を フェヤリイよ、来てわたしをこのつまらない世界から連れ出しておくれ わたしはお前たちと一緒に風の上に乗って行きたい みだれ散る波のうえを駈けあるき 火焔のように山の上でおどりたい ハアト お前は自分の言葉の意味が分らないのだ メリイ 神父様、わたしは四つの言葉にあきあきしました あんまりこすいあんまり賢い言葉と あんまりありがたいあんまり真面目すぎる言葉と 海の潮よりもっとにがい言葉と ねぶたい愛に充ちた、ねぶたい愛とわたしの牢屋の話ばかりする 親切な言葉に、あきあきしました (ショオン彼女を戸口の左の席につれてゆく) ショオン わたしのことを怒らないでおくれ、わたしはたびたび夜中に目をさましていて お前の美しい頭をかき乱すいろいろな事を考えて見る うつくしいね――雲みたいにぼやけた髪の毛の下の ひろい真白なお前の額は わたしの側におすわり――あの人たちは年をとりすぎているの