娘から見た父の恋 — Epoche C1
場面設定: ソウル・三清洞の静かなカフェ、初秋の午後。母を喪って八年、父の章秀が長年の交友相手との再婚を娘の智英に伝える場。 智英、今日はわざわざ時間を作ってくれてありがとう。実は折り入って、お前に伝えておきたいことがあって、このカフェにお呼びしたわけだ。お母さんがよく好きだった、銀杏並木の見える席を選んだのも、何かの巡り合わせかもしれんな。 お父さん、母さんの席を選ばれたのは、お話の内容を踏まえてのご配慮でいらっしゃるのですね。漠然と察しはついておりますが、ゆっくりお聞かせくださいませ。私の側も、心の支度を整えながら伺います。 察しが早いことに関しては、お前の母さんによく似たな。長い前置きはせんでおこう。海珠さん、お前も知っておるあの方と、来年の春に籍を入れたいと考えているわけだ。お前の意見を聞かんことには、何も決めるわけにはいかんと思っている。 ……海珠おばさんは、母さんの友人でもいらっしゃいましたから、お父さんのお気持ちは自然な流れだと頭では理解いたします。ただ、心の方は、頭の理解より少し遅れて参りますので、暫しお時間を頂戴できればと存じます。 もちろんだ。急がんから、お前の心の歩みに合わせる。お前の遅れは、お母さんへの忠誠の現れだから、誇りに思いこそすれ、急かすつもりはない。 お父さんがそう仰ってくださると、私の方が恥ずかしくなります。母さんが亡くなられた直後の、あの夏のお父さんを思い出します。書斎で何時間も動かれず、私が声をかけても返事も返らなかった。あの八年を踏まえますと、海珠さんとの縁を否定するわけにはいかない次第でございます。 あの夏のお父さんを覚えていてくれていることが、有り難い。あの頃お前がいなかったら、私はどうなっていたか分からん。海珠さんと再会したのは三年前、文化センターの講座でだ。同じ年代で、同じく伴侶を喪っていらした。何も求めぬ会話から、ゆっくりと友情が芽生えたわけだ。 お二人の歩みに関して、急がぬ友情から始まった、というのは、私の知る海珠おばさんと、お父さんらしい育み方でございます。再婚という形に至るまでの三年は、決して短くないお時間でいらしたのですね。 三年経って、ようやく自分の気持ちに名前を付けることができた、と申しておこう。海珠さんの方も、私と同じ歩みであったらしい。先月、彼女の方からも娘さんに話されたそうで、娘さんが「母さん、もう泣かない人になってよかった」と仰ったらしい。 その娘さんのお言葉、胸に沁みます。私もできれば、同じ言葉をお父さんに申し上げたい次第ではございますが、私の方には、もう少し整理が必要なようでございます。お父さんの幸福を願いながら、同時に、母さんの居場所を心の中で確認したいのでございます。 お母さんの居場所に関しては、私の中でも揺るぎのないものだ。海珠さんは、お母さんの居場所を侵すような方ではない。お母さんが居て、その上で海珠さんが居る、という二層構造であって、決して交換ではないわけだ。 二層構造、というご説明はお父さんらしい論理的な整理でいらっしゃいます。ただ、論理を踏まえても、感情が追いつかない瞬間がございます。少しだけ、本音を申し上げてもよろしいでしょうか。 もちろんだ。本音を申してくれることが、お父さんは何よりも嬉しい。 ……お父さんが幸せそうなのが、母さんを忘れた証拠みたいで嫌だった、時期がございます。最近ずっと笑顔が増えていらした、その笑顔を見るたびに、母さんの存在が薄れていく気がして、勝手に切なくなっていたのです。情けない娘の本音でございます。 ……ありがとう、智英。それを話してくれて本当に嬉しい。お父さんの笑顔が増えたのは、忘れたからではない。お母さんを抱えたまま、それでも前に進めるようになったということだ。お母さんの居場所は、お前の中にも、お父さんの中にも、海珠さんとの新しい家庭にも、ちゃんと残っておる。それを忘れんでくれ。 解説: 父の再婚への反対の本質を、最後に「お父さんが幸せそうなのが、母さんを忘れた証拠みたいで嫌だった」と漏らす本音の漏れの落ち。合意形成型に暗示と察しを連鎖させ、新しい家族の輪郭を母の居場所と両立する二層構造として受容する韓国の家族倫理を示している。