The Second Heretical Gate — Kitahara Hakushū
第二邪宗門 円燈 飢渇 あな熱し、あな苦し、あなたづたづし。 わが熱き炎の都、 都なる煉瓦の沙漠、 沙漠なる硫黄の海の広小路、そのただなかに、 饑 ( う ) ゑにたるトリイトン神の 立像 ( たちすがた ) 、 水涸れ果てし 噴水 ( ふきあげ ) の大水盤の 繞 ( めぐり ) には、 白琺瑯 ( はくはうらう ) の石の 級 ( きだ ) ただ照り渇き 痺 ( しび ) れたる。 そのかげに、 紅 ( あか ) き 襯衣 ( しやつ ) ぬぎ 悲しめる道化芝居の 触木 ( ふれぎ ) うち、 自棄 ( やけ ) に弾くギタルラ 弾者 ( ひき ) と、 癪持 ( しやくもち ) と、 淫 ( たはれ ) の舞の 眩暈 ( めくるめき ) 、 さては 火酒 ( ブランデイ ) かぶりつつ強ひて 転 ( ころ ) がる 酔漢 ( ゑひどれ ) と、 笑ひひしめく 盲 ( めくら ) らは西瓜をぞ切る。 あな熱し、あな苦し、あなたづたづし。 既に見よ、 瞬間 ( たまゆら ) のさき、 仄 ( ほの ) かなる 愁 ( うれひ ) の 文 ( あや ) にしみじみと 竜馬 ( りうめ ) の羽うらにほひ透き、揺れて 縺 ( も ) つれし 水盤の水ひとたまり。 あるはまた、螺を吹く神の息づかひ 焔に 頻吹 ( しぶ ) きひえびえと沁みにし歌も 今ははや 空 ( から ) びぬ、聴くは 饑 ( う ) ゑ疲れ 鉛になやむ地の 管 ( くだ ) の苦しき 叫喚 ( さけび ) 。 あな熱し、あな苦し、あなたづたづし。 虚空 ( こくう ) には 銅色 ( あかねいろ ) の日の 髑髏 ( どくろ ) 転 ( まろ ) びかがやき、 雲はまた血のごと 沈黙 ( しじ ) に 鎔 ( とろ ) けゆき影だに留めず。 ただ病める 東南風 ( シロツコ ) のみぞ重たげに、また、たゆたげに、 腐れたる 翼 ( つばさ ) の毒を羽ばたたく。 七月末の 長旱 ( ながひでり ) 、今しも真昼、 煉獄の苦熱の 呵責 ( かしやく ) そのままに 火輪車 ( くわりんしや ) 駛 ( はし ) り、石油泣き、瓦斯の 香 ( か ) 喊 ( わめ ) き、 真黒げに煙突震ふ狂ほしさ、その騒かしさ。 誰 ( たれ ) ぞ、また、けたたましくも、 朱 ( あけ ) の息引き切るるごと、 狂気なす自動車駆るは。 あな熱し、あな苦し、あなたづたづし。 狂気者 ( きちがひ ) よ、人 轢 ( ひ ) き殺せ。 癪持 ( しやくもち ) よ、血を吐き尽せ。 掻き鳴らせ、 絃 ( いと ) 切るるまで。 打ち鳴らせ、木の折るるまで。 飛びめぐれ、息の根絶えよ。 酔へよ、また 娑婆 ( しやば ) にな覚めそ。 盲 ( めしひ ) らよ、その赤き 腸 ( はらわた ) を吸へ。 あはれ、あはれ、 この 旱 ( ひでり ) つづかむかぎり、 汝 ( な ) が 飢渇 ( きかつ ) 癒えむすべなし。 あな熱し、あな苦し、あなたづたづし。 わかき喇叭 苦しげに 喇叭 ( らつぱ ) 吹く 息 ( いき ) 、 苦しげに 喇叭 ( らつぱ ) 吹く 息 ( いき ) 、 汝はゆきていづくにかへる。 心臓のあかきくるめき そを洩れて吹きいづるなる。 なやましき 霊 ( たま ) のひとすぢ いと 冷 ( ひ ) やき水の 音色 ( ねいろ ) に。 毒 ( どく ) ふかき 邪欲 ( じやよく ) の谷に 淫楽 ( いんらく ) の 蝮 ( くちばみ ) まとふ、 はたや身は 痺 ( しび ) れとろけて 断 ( た ) ちがたきほだしに 悩 ( なや ) む。 狂念 ( きやうねん ) のめくらむ 野辺 ( のべ ) ゆ 挑 ( いど ) み 搏 ( う ) つ 硫黄 ( いわう ) の 炎 ( ほむら ) 、 また 苦 ( にが ) き 檻 ( をり ) のおびえに くれなゐの 破滅 ( はめつ ) をさそふ。 さまだるる 恋慕 ( れんぼ ) のあへぎ 蒸しよどみ、かくてなやめど われは吹く、息もほつほつ うらわかき 霊 ( たま ) の 喇叭 ( らつぱ ) を。 かげ 暗 ( くら ) き 恐怖 ( おそれ ) の 垂葉 ( たりは ) そのなかに赤き実熟るる。 わが 夢 ( ゆめ ) はあなその空に 濡 ( ぬ ) れつつも 燃 ( も ) ゆる 悲愁 ( かなしみ ) 。 濡れつつも 燃 ( も ) ゆるかなしみ そが 犠牲 ( にえ ) に吹きいづるなる。 かぎりなき 生命 ( いのち ) の 苦痛 ( くつう ) かぎりある 胸 ( むね ) の 力 ( ちから ) に。 あはれ、なほ、 喇叭 ( らつぱ ) 吹く 息 ( いき ) 、 あはれ、なほ、 喇叭 ( らつぱ ) 吹く 息 ( いき ) 、 汝 ( な ) はゆきていづくにかへる。 青き葉の銀杏のはやし 青き葉の 銀杏 ( いてふ ) の林、 細 ( ほそ ) らなる 若樹 ( わかき ) の林。 はた、青き 白日 ( ひる ) の 日 ( ひ ) かげに、 葉も 顫 ( ふる ) ふ 銀杏 ( いてふ ) の林。 そのもとを北へかすめる、 ひややけき 路 ( みち ) のひとすぢ、 かすかにも 胡弓 ( こきゆう ) まさぐり、 ゆめのごと、われはたどりぬ。 青き葉の 銀杏 ( いてふ ) の林 行き行けど 路 ( みち ) は尽きなく。 細 ( ほそ ) らなる 若樹 ( わかき ) のはやし、 頬白 ( ほほじろ ) の 鳴 ( な ) く 音 ( ね ) もきかず。 すすりなく 愁 ( うれひ ) の 胡弓 ( こきゆう ) 、 葉の 顫 ( ふる ) ひ、青き日かげ。 さはひとり、われとさすらひ、 われと 弾 ( ひ ) き、 聴 ( き ) きもほれつつ、 日もすがら涙さしぐむ、 青き葉のかげをゆく身は。 それとなきもののかぜにも、 弱 ( よわ ) ごころ耳しかたむけ。 たちとまり、ながめ、みかへり、 あはれさの 絃 ( いと ) をちからに。 ひそやかに、また、しづやかに、 にほやかに 尋 ( と ) めもなやめば。 薄 ( うす ) らなる青の 絹衣 ( すずし ) も、 いつしかに露にしなえぬ。 さあれ、なほ 弾 ( ひ ) きゆく 胡弓 ( こきゆう ) 、 はてもなき 路 ( みち ) のゆく手に。 いつまでかかくて泣きつつ、 いつまでかかくもあるべき。 あはれ、あはれ、 銀杏 ( いてふ ) の林、 青き青き 若樹 ( わかき ) の林。 森の奥 森の奥ほのかにくらし。 夏のすゑ、長月はじめ、 あはれ、日も薄らうすらに、 薄黄 ( うすぎ ) なる 歎 ( なげき ) 沁みゆく 浮羅爛勤 ( はうのき ) の広葉の青み、 あるはまた 大木 ( おほき ) の 胡桃 ( くるみ ) 、 憂愁 ( わづらひ ) のかげのふかみに、 燃 ( も ) えのこる熱き日ざしは 黄に透かし暮れて薫れる。 そのなかに 妙 ( たへ ) にしづかに 物おもふ 白馬 ( はくば ) のあかり。 それやはた、夏の日の神 夕ぐれに 騎 ( の ) りやわすれし。 紅 ( くれなゐ ) の手綱の色も、 白がねの鐙も、鞍も、 いとほのに夢の 照妙 ( てるたへ ) ただ白し、ほのかに白し。 そをめぐり秋の 笙 ( しやう ) の 音 ( ね ) 蕭 ( しめ ) やかにひそかに愁ふ。 響かふは 角 ( つぬ ) の 音色 ( ねいろ ) か、 病める 果 ( み ) か、 饐 ( す ) えゆく歌か。 かくてまた暗き葉越に 鳩の笛沁みはわたれど。 薄黄 ( うすぎ ) なる光の透かし、 ひとすぢの 昨 ( きそ ) のほめきに、 ほの白う暮れてたたずむ 物おもふ色のしづけさ。 森はいまほのかにくらし。 円燈 薄暮 ( くれがた ) の 谿間 ( たにま ) の 恐怖 ( おそれ ) 。 今宵 ( こよひ ) またかなたに 点 ( とも ) る 紅 ( くれなゐ ) の 円 ( まろ ) き 燈 ( ともしび ) 。 そを知るや、知らずや、なほも なやましきにほひの 奥 ( おく ) に うづくまり 黙 ( つぐ ) むひとむれ。 真白 ( ましろ ) なるゆめの 水牛 ( すゐぎう ) 、 しかはあれど、なべて 盲 ( めし ) ひし 獣 ( けもの ) らの 重 ( おも ) き 起伏 ( おきふし ) 。 盲 ( めし ) ひしは瞳のみかは、 ものにぶく、 闇 ( やみ ) にくぐもる もろもろのこころごころも。 かくてあな 幾夜 ( いくよ ) か 経 ( へ ) にし。 言 ( もの ) いはず、かうべもあげず、 さあれども 物 ( もの ) 待 ( ま ) つごとし。 深 ( ふか ) みゆく 恐怖 ( おそれ ) の 沈黙 ( しじま ) 。 そのなかに 今宵 ( こよひ ) も 消 ( き ) ゆる 紅 ( くれなゐ ) の 円 ( まろ ) き 燈 ( ともしび ) 。 四十一年六月 尋 ( と ) めゆくあゆみ いと高くいと深くいと 静 ( しづ ) にいと 蕭 ( しめ ) やげる 夜 ( よ ) の森のかげ、 暗 ( くら ) く 冷 ( ひやゝ ) なる 列 ( つらね ) のもとを、 われはあゆむ。 いと高くいと暗くいと 密 ( みつ ) にいとほのかなる 細 ( ほそ ) らなる 赤楊 ( はんのき ) の 列 ( つらね ) 、そのもとの底の底を われはあゆむ。 いと高くいと深く沈みたる 憂愁 ( うれひ ) のもとを、 真素肌 ( ますはだ ) のましろなる、 衣 ( きぬ ) つけぬ 常若 ( とこわか ) の 矜 ( ほこり ) もて われはあゆむ。 赤楊 ( はんのき ) のとある梢ありとしも見へぬ空のけはひ、 あはれその枝に色紅き小鳥の 如 ( ごと ) も星の見ゆる。 あはれひとつ いと高くいと深くいと 静 ( しず ) にいと 蕭 ( しめ ) やげる 夜 ( よ ) の森のかげ、暗く 冷 ( ひやや ) なる 列 ( つらね ) のもとを、 われはあゆむ。 さあれ今 言 ( もの ) いはぬ 獣 ( けもの ) 忍びやかに 蹤 ( つ ) きぞ 来 ( き ) ぬる。 昨日 ( きのふ ) より 去年 ( こぞ ) より 生 ( あ ) れしより、 否 ( あらず ) 、 前世 ( さきのよ ) より 蹤 ( つ ) きか来ぬる。 かかる 夜 ( よ ) のとある梢 哀 ( あは ) れその空に星の見えつ。 紅き星紅き星ほのかにもわれは知れり、 かかるゆめも。 いと高くいと深くいと 冷 ( ひや ) にいと 蕭 ( しめ ) やげる 夜 ( よ ) の森のかげ、ふとし、あな、 路 ( みち ) は落つる。 あらぬ谷間。 哀 ( あは ) れ 哀 ( あは ) れあらぬ谷にいと 暗 ( くら ) く 霊 ( たま ) や落つる。 真素肌 ( ますはだ ) の 悲哀 ( かなしみ ) よ血の 香 ( か ) する 荊棘 ( いばら ) のなかを いかにわけむ。 足音 ( あのと ) のす、 言 ( もの ) いはぬ 獣 ( けもの ) 忍 ( しの ) びかにひき 帰 ( かへ ) すらし。 哀 ( あは ) れまたひとつ星、見もあへぬ闇のかなたに はたや消ゆる。 忽 ( たちまち ) にものの 呻吟 ( うめき ) 、やはらなる足に 触 ( ふ ) れつつ そこここの血の 荊棘 ( いばら ) あなやその 暗 ( くら ) き底より 赤子啼きいづ。 四十一年六月 我子の声 われはきく、 生 ( うま ) れざる、はかりしれざる 子 ( こ ) の 声 ( こゑ ) を、 泣 ( な ) き 訴 ( うた ) ふ 赤 ( あか ) きさけびを。 いづこにかわれはきく、見えわかぬかかる 恐怖 ( おそれ ) に。 かの 野辺 ( のべ ) よ、 信号柱 ( シグナル ) は 断頭 ( くびきり ) の 台 ( だい ) とかがやき、 わか 葉 ( ば ) 洩 ( も ) る 入日 ( いりひ ) を 浴 ( あ ) びてあかあかと 遙 ( はる ) に 笑 ( わら ) ひき。 汽車 ( きしや ) にしてさてはきく、 轢 ( し ) かれゆく子らの 啼声 ( なきごゑ ) 。 はた 旅 ( たび ) の夕まぐれ、 栄 ( は ) えのこる 雲 ( くも ) の 湿 ( しめり ) に、 前世 ( さきのよ ) の 亡 ( な ) き 妻 ( つま ) が 墓 ( はか ) の 辺 ( べ ) の 赤埴 ( あかはに ) おもひ、 かくてまた 我 ( われ ) はきく 追懐 ( おもひで ) の色とにほひに、 埋 ( う ) もれたる、はかりしれざる 子 ( こ ) の 夢 ( ゆめ ) を、 胎 ( たい ) の 叫 ( さけび ) を。 帰 ( かへ ) りきてわれはきく、ひたぶるに君抱くとき、 手力 ( たぢから ) のほこりも 尽 ( つ ) きて 弱心 ( よわこゝろ ) なやむひととき、 たちまちに 心 ( こゝろ ) つらぬく 赤き子の 高 ( たか ) き 叫 ( さけび ) を。 四十一年六月 声なき国 声 ( こゑ ) もなき 薄暮 ( くれがた ) の国、 追憶 ( おもひで ) のこなたなるほの 暗 ( くら ) き 闇 ( やみ ) 、 哀 ( あは ) れ、さは 冷 ( ひやや ) けき世の 沈黙 ( しじま ) 、 恐怖 ( おそれ ) の 木 ( こ ) かげ、 何処 ( いづこ ) より見ゆるともなく 出 ( いで ) て 来 ( こ ) し 思 ( おもひ ) の 女 ( をみな ) 清 ( きよ ) らなる 真素肌 ( ますはだ ) の身の 独 ( ひとり ) ほのかに 暮 ( く ) るる。 声 ( こゑ ) もなき国の 白楊 ( はくやう ) 、 列 ( つら ) 長 ( なが ) う 両側 ( もろがは ) に 顫 ( ふる ) へわななき、 色 ( いろ ) 青 ( あを ) き 蝋 ( らふ ) の火のほの 暗 ( くら ) みおびゆるごとく、 広 ( ひろ ) きより 狭 ( せば ) み暮れゆく 其果 ( そのはて ) の 遠 ( とほ )