The Tale of Genji, Chapter 51: 宿木 — Murasaki Shikibu
源氏物語 あふけなく 大御 ( おほみ ) むすめをいにしへの人 に似よとも思ひけるかな (晶子) そのころ 後宮 ( こうきゅう ) で 藤壺 ( ふじつぼ ) と言われていたのは亡き左大臣の 女 ( むすめ ) の 女御 ( にょご ) であった。 帝 ( みかど ) がまだ東宮でいらせられた時に、最も初めに上がった人であったから、親しみをお持ちになることは殊に深くて、御愛情はお持ちになるのであったが、それの形になって現われるようなこともなくて 歳月 ( としつき ) がたつうちに、 中宮 ( ちゅうぐう ) のほうには宮たちも多くおできになって、それぞれごりっぱにおなりあそばされたにもかかわらず、この女御は内親王をお一人お生みすることができただけであった。自分が後宮の競争に失敗する悲しい運命を見たかわりに、この宮を長い将来にかけて唯一の慰安にするまでも完全な幸福のある方にしたいと女御は大事にかしずいていた。御 容貌 ( ようぼう ) もお美しかったから帝も愛しておいでになり、中宮からお生まれになった 女一 ( にょいち ) の 宮 ( みや ) を、世にたぐいもないほど帝が尊重しておいでになることによって、世間がまた格別な敬意を寄せるという、こうした点は別として、皇女としてはなやかな生活をしておいでになることではあまり劣ることもなくて、女御の父大臣の勢力の大きかった 名残 ( なごり ) はまだ家に残り、物質的に不自由のないところから、女二の宮の侍女たちの服装をはじめとし、御殿内を季節季節にしたがって変える装飾もはなやかにして、 派手 ( はで ) でそして重厚な貴女らしさを失わぬ用意のあるおかしずきをしていた。宮の十四におなりになる年に 裳着 ( もぎ ) の式を行なおうとして、その春から専心に 仕度 ( したく ) をして、何事も並み並みに平凡にならぬようにしたいと女御は願っていた。自家の祖先から伝わった宝物類も晴れの式に役だてようと捜し出させて、非常に熱心になっていた女御が、夏ごろから 物怪 ( もののけ ) に 煩 ( わずら ) い始めてまもなく死んだ。残念に 思召 ( おぼしめ ) されて 帝 ( みかど ) もお歎きになった。優しい人であったため、殿上役人なども御所の内が寂しくなったように言って惜しんだ。直接の関係のなかった女官たちなども 藤壺 ( ふじつぼ ) の女御を皆しのんだ。女二の宮はまして若い 少女心 ( おとめごころ ) にお心細くも悲しくも思い沈んでおいでになろうことを、哀れに気がかりに思召す帝は、四十九日が過ぎるとまもなくそっと御所へお呼び寄せになった。その藤壺へおいでになって帝は女二の宮を慰めておいでになるのであった。黒い喪服姿になっておいでになる宮は、いっそう 可憐 ( かれん ) に見え、品よさがすぐれておいでになった。性質も 聡明 ( そうめい ) で、母の女御よりも静かで深みのあることは少しまさっているのをお知りになって、御安心はあそばされるのであったが、実際問題としてはこの方に確かな後援者と見るべき 伯父 ( おじ ) はなく、わずかに女御と腹違いの兄弟が 大蔵卿 ( おおくらきょう ) 、修理 大夫 ( だゆう ) などでいるだけであったから、格別世間から重んぜられてもいず地位の高くもない人を背景にしていることは女の身にとって不利な場合が多いであろうことが哀れであると、帝はただ一人の親となってこの宮のことに全責任のある気のあそばすのもお苦しかった。 お庭の菊の花がまだ終わりがたにもならず盛りなころ、空模様も 時雨 ( しぐれ ) になって寂しい日であったが、帝はどこよりもまず藤壺へおいでになり、故人の女御のことなどをお話し出しになると、宮はおおようではあるが子供らしくはなく、難のないお答えなどされるのを帝はかわいく思召した。こうした人の価値を認めて愛する 良人 ( おっと ) のないはずはない、 朱雀 ( すざく ) 院が姫宮を六条院へお 嫁 ( とつ ) がせになった時のことを思ってごらんになると、あの当時は飽き足らぬことである、皇女は一人でおいでになるほうが神聖でいいとも世間で言ったものであるが、源中納言のようなすぐれた子をお持ちになり、それがついているために昔と変わらぬ世の尊敬も女三の宮が受けておいでになる事実もあるではないか、そうでなく独身でおいでになれば、弱い女性の身には、自発的のことでなく過失に 堕 ( お ) ちてしまうことがあって、自然人から軽侮を受ける結果になっていたかもしれぬと、こんなことを帝はお思い続けになって、ともかくも自分の位にいるうちに婿をきめておきたい、だれが好配偶者とするに足る人物であろうとお思いになると、その女三の宮の御子の源中納言以外に適当な婿はないということへ帝のお考えは帰着した。内親王の 良人 ( おっと ) としてどの点でも似合わしくないところはない、愛人を他に持っていたとしても、妻になった宮を 辱 ( はずか ) しめるようなことはしないはずの男である、しかしながら早くしないでは正妻というものをいつまでも持たずにいるわけはないのであるから、その前に自分の意向をかれにほのめかしておきたいとこんなことを帝は時々思召した。 ある日帝は碁を打っておいでになった。暮れがたになり 時雨 ( しぐれ ) の走るのも趣があって、菊へ夕明りのさした色も美しいのを御覧になって、 蔵人 ( くろうど ) を召して、 「今殿上の室にはだれとだれがいるか」 と、お尋ねになった。 「 中務卿親王 ( なかつかさきょうしんのう ) 、 上野 ( こうずけ ) の 親王 ( しんのう ) 、 中納言 ( ちゅうなごん ) 源 ( みなもと ) の 朝臣 ( あそん ) がおられます」 「中納言の朝臣をこちらへ」 と、仰せがあって 薫 ( かおる ) がまいった。実際源中納言はこうした特別な御 愛寵 ( あいちょう ) によって召される人らしく、遠くからもにおう芳香をはじめとして、高い価値のある 風采 ( ふうさい ) を持っていた。 「今日の 時雨 ( しぐれ ) は平生よりも明るくて、感じのよい日に思われるのだが、音楽は聞こうという気はしないし、つまらぬことにせよつれづれを慰めるのにはまずこれがいいと思うから」 と帝はお言いになって、碁盤をそばへお取り寄せになり、薫へ相手をお命じになった。いつもこんなふうに親しくおそばへお呼びになる習慣から、格別何でもなく薫が思っていると、 「よい 賭物 ( かけもの ) があっていいはずなんだがね、少しの負けぐらいでそれは渡せない。何だと思う、それを」 という仰せがあった。お心持ちを悟ったのか薫は平生よりも緊張したふうになっていた。碁の勝負で三番のうち二番を帝はお負けになった。 「くやしいことだ。まあ今日はこの庭の菊一枝を許す」 このお言葉にお答えはせずに薫は 階 ( きざはし ) をおりて、美しい菊の一枝を折って来た。そして、 世の常の 垣根 ( かきね ) ににほふ花ならば心のままに折りて見ましを この歌を奏したのは思召しに添ったことであった。 霜にあへず枯れにし園の菊なれど残りの色はあせずもあるかな と帝は仰せられた。こんなふうにおりおりおほのめかしになるのを、直接薫は伺いながらも、この人の性質であるから、すぐに進んで出ようとも思わなかった。結婚をするのは自分の本意でない、今までもいろいろな縁談があって、その人々に対して気の毒な感情もありながら、断わり続けてきたのに、今になって妻を持っては、俗人と違うことを 標榜 ( ひょうぼう ) していたものが、俗の世間へ帰った気が自分でもして妙なものであろう。恋しくてならぬ人ででもあればともかくもであるがと否定のされる心でまた、これが 后腹 ( きさきばら ) の姫君であれば、そうも思わないであろうがと考える中納言はおそれおおくもあまりに思い上がったものである。 この話を左大臣は聞いて、六の君との縁組みに 兵部卿 ( ひょうぶきょう ) の宮の進まぬふうは見せられても、薫は一度はああして断わってみせたものの、ねんごろに頼めばしぶしぶにもせよ結婚をしてくれるはずであると楽観していたのに、意外なことが起こってきそうであると思い、兵部卿の宮は正面からの話にはお乗りにはならないでいて、何かと六の君に交渉を求めて手紙をよくおよこしになるのであるから、それは真実性の少ないものであっても、妻にされれば御愛情の生じないはずもない、どんなに忠実な 良人 ( おっと ) になる人があっても地位の低い男にやるのは世間体も悪く、自身の心も満足のできないことであろうからと思って、やはり兵部卿の宮を目標として進むことに定めた。女の子によい婿のあることの困難な世の中になり、 帝 ( みかど ) すらも御娘のために婿選びの労をおとりになるのであるから、普通の家の娘が婚期をさえ過ぎさせてしまってはならぬなどと、帝のお考えに多少の非難めいたことも左大臣は言い、中宮へ兵部卿の宮との縁組みの実現されるように訴えることがたびたびになったため、后の宮はお困りになり、宮へ、 「気の毒なように長くそれを望んで大臣は待ち暮らしていたのだのに、口実を作っていつまでもお応じにならないのも無情なことですよ。親王というものは後援者次第で光りもし、光らなくも見えるものなのですよ。お 上 ( かみ ) の 御代 ( みよ ) ももう末になっていくと始終仰せになるのだからね。あなたはよく考えなければならない。普通の人の場合は 定 ( きま ) った夫人を持っていてさらに結婚することは困難なのですよ。それでもあの大臣がまじめ一方でいながら二人の夫人を持ち、双方を同じように愛していくことができているという実例もあるではありませんか。ましてあなたはお上の思召しどおりの地位ができれば、幾人でも侍していていいわけなのだから」 と、平生にまして長々御教訓をあそばすのを承って、兵部卿の宮御自身も無関心では決しておいでにならない女性のことであったから、それをしいてお 拒 ( こば ) みになる理由もないのである。ただ 権家 ( けんか ) に婿君としてたいそうな扱いを受けることは、自由を失うことであろうと、その点がいやなようにお思われになるのであるが、母宮のお言葉どおりにこの大臣の反感を多く買っておくことは得策でないと、今になっては抵抗力も少なくおなりになった。多情な御性質であるから、あの 按察使 ( あぜち ) 大納言の家の紅梅の姫君をもまだ断念してはおいでにならず、なお花 紅葉 ( もみじ ) につけ好奇心の対象としてそこへも御消息はよこしておいでになるのである。 その年は事なしに終わった。女二の宮の喪期も終わったのであるから、帝はもうおはばかりあそばすことはなくなった。 「御懇望にさえなればすぐにお許しになりたい思召しとうかがわれます」 こんなふうに薫へ告げに来る人々もあるためあまりに知らず顔に冷淡なのも無礼なことであると、しいて心を引き立てて、女二の宮付きの人を通して、求婚者としての手紙をおりおり送ることもするようになったが、取り合わぬ態度などはもとよりお示しになるはずもない。帝は何月ごろと結婚の期を思召すというようなことも人から聞き、自身でも御許容あそばすことはうかがわれるのであったが、心の中では今も死んだ宇治の人ばかりが恋しく思われて、この悲しみを忘れ尽くせる日があろうとは思われぬために、こうまで心のつながれる因縁のあったあの人と、ついに夫婦とはならずに終わったのはどうしたことなのであろうとそれを怪しがっていた。身分がどれほど低くとも、あの人に少しでも似たところのある人であれば自分は妻として愛するであろう、 反魂香 ( はんごんこう ) の煙が描いたという影像だけでも見る方法はないかとこんなことばかりが薫には思われて、 女二 ( にょに ) の 宮 ( みや ) との結婚の成立を待つ心もないのである。 左大臣のほうでは六の君の結婚の用意にかかって、八月ごろにと宮へその期を申し上げた。これを二条の院の中の君も聞いた。やはりそうであった、自分などという何のよい背景も持たない女には必ず幸福の 破綻 ( はたん ) があるであろうと思いつつ、今日まで来たのである。多情な御性質とはかねて聞いていて、頼みにならぬ方とは思いながらも、いっしょにいては恨めしく思うようなことも宮はしてお見せにならず、深い愛の変わる世もないような約束ばかりをあそばした。それがにわかに権家の娘の 良人 ( おっと ) になっておしまいになったなら、どうして静めえられる自分の心であろう、並み並みの身分の男のように、まったく自分から離れておしまいになることはあるまいが、どんなに悩ましい思いを多くせねばならぬことであろう、自分はどうしても薄命な生まれなのであるから、しまいにはまた宇治の山里へ帰ることになるのであろうと考えられるにつけても、出て来たままになるよりも再び帰ることは宇治の里人にも 譏 ( そし ) らわしいことであるに違いない、返す返すも父宮の御遺言にそむいて結婚をし、山荘を出て来た自分の誤りが恥ずかしい、しかさせた運命が恨めしいと中の君は思うのであった。姉君はおおようで、柔らかいふうなところばかりが外に見えたが、精神は 確 ( しか ) としておいでになった。中納言が今も忘れがたいように姉君の死を悲しみ続けているが、もし生きていたらば、今の自分のような物思いをすることがあったかもしれぬ、そうした未来をよく察して、あの人の妻になろうとされなかった、いろいろに身をかわすようにして中納言の恋からのがれ続けていて、しまいには尼になろうとしたではないか、命が助かっても必ず 仏弟子 ( ぶつでし ) になっていたに違いない、今思ってみればきわめて深い思慮のある方であった、父宮も姉君も自分をこの上もない、軽率な女であるとあの世から見ておいでになるであろうと、恥ずかしく悲しく思うのであったが、何も言うまい、言っても 効 ( かい ) のないことを言って 嫉妬 ( しっと ) がましい心を見られる必要もないと中の君は思い返して、宮の新しい御縁組みのことは耳にはいってこぬふうで過ごしていた。 宮はこの話のきまってからは、平生よりもまた多く愛情をお示しになり、なつかしいふうに将来のことをどの日もどの日もお話しになり、この世だけでない永久の夫婦の愛