The Brave Little Tailor — Wilhelm Grimm
ある夏の朝のことです。ちびの 仕立屋 ( したてや ) さんが 窓 ( まど ) ぎわの 仕立台 ( したてだい ) にむかって、いいごきげんで、いっしょうけんめい、ぬいものをしていました。 すると、ひとりのお 百姓 ( ひゃくしょう ) さんのおかみさんが通りをやってきて、 「じょうとうのジャムはどうかね、じょうとうのジャムはどうかね。」 と、よばわりました。 この声が、ちびの 仕立屋 ( したてや ) さんの耳に、いかにも気持ちよくひびいたのです。それで、仕立屋さんは小さな頭を 窓 ( まど ) からつきだして、よびとめました。 「ここへあがってきてくれよ、おかみさん、その 荷 ( に ) がからになるぜ。」 おかみさんはおもいかごをかかえて、 階段 ( かいだん ) を三つあがって、仕立屋さんのところへきました。そして、いわれるままに、ジャムのつぼをのこらずあけてみせました。仕立屋さんはそのつぼをみんなしらべて、いちいちもちあげては、 鼻 ( はな ) をくっつけてみました。そのあげくのはてに、こういいました。 「よさそうなジャムだね、おかみさん。四ロート (一ポンドの約三十分の一) ばかりはかっておくれ。なに、四分の一ポンドぐらいあったってかまやしないよ。」 たくさん買ってもらえるとばかり思っていたおかみさんは、 仕立屋 ( したてや ) さんのくれというだけをはかってわたしましたが、ぷんぷんおこって、ぶつぶついいながらいってしまいました。 「このジャムは、 神 ( かみ ) さまがおれにめぐんでくださったんだ。」 と、仕立屋さんは大きな声でいいました。 「これで強い力をさずけてくださるんだ。」 仕立屋さんは戸だなからパンをだしてきて、大きなパンのかたまりからひときれ切りとって、その上にジャムをぬりつけました。 「こいつはにがくはないだろう。だが、食べるまえに、このジャケツをしあげちまおう。」 と、仕立屋さんはいいました。 そこで、 仕立屋 ( したてや ) さんはパンをじぶんのわきにおいて、またぬいはじめました。けれども、うれしいものですから、つい、ぬいかたがだんだんあらくなってきました。 そのうちに、ジャムのあまいにおいが、ハエのたくさんとまっている 壁 ( かべ ) をつたっていきました。ハエはにおいにさそわれて、パンの上にいっぱいあつまってきました。 「やい、やい、だれがきさまたちにきてくれっていった。」 仕立屋さんはこういって、よびもしないのにやってきたお 客 ( きゃく ) さんたちを 追 ( お ) っぱらいました。けれども、ハエたちには、ドイツ 語 ( ご ) なんかわかりません。ですから、 追 ( お ) いはらわれるどころか、だんだんになかまの数をふやしては、なんどもなんどももどってくるのでした。 こうしているうちに、とうとう、 仕立屋 ( したてや ) さんの かんしゃくだま が 爆発 ( ばくはつ ) しました。仕立屋さんは 仕立台 ( したてだい ) の 穴 ( あな ) から 布 ( ぬの ) きれをつかみだして、 「 待 ( ま ) ってろ、こいつをくれてやる。」 と、さけぶがはやいか、そのきれで思いきってハエをたたきました。 仕立屋さんがきれをとってかぞえてみますと、ちょうど七ひきのハエが目のまえに 死 ( し ) んで、手足をのばしています。 「なんて 弱虫 ( よわむし ) なんだ。」 と、仕立屋さんはいって、じぶんのいさましいのに、われながら感心してしまいました。 「こいつは、町じゅうに知らせてやろう。」 そこで、 仕立屋 ( したてや ) さんはおおいそぎで、 帯 ( おび ) を一本 裁 ( た ) って、ぬいあげました。そしてそれに、大きな字で、「ひと 打 ( う ) ちで七つ」と、ししゅうをしました。 ところが、仕立屋さんは、 「ふん、町なんかなんだい。 世界 ( せかい ) じゅうに知らせてやるんだ。」 と、いいました。 仕立屋さんの 心臓 ( しんぞう ) は、うれしすぎて、まるで小ヒツジのしっぽみたいに、ぴくぴくうごいていました。 仕立屋 ( したてや ) さんはその 帯 ( おび ) をこしにまきつけました。これから、 世 ( よ ) のなかへでていこうというのです。だって、こんなしごと 場 ( ば ) なんか、じぶんのいさましさにくらべれば、あんまり小さすぎますもの。 でかけるまえに、仕立屋さんは、なにかもっていけるものはないだろうかと、うちのなかをさがしてみました。けれども、古いチーズがひとかけらしか見つかりませんでした。それで、そのチーズを、仕立屋さんはポケットにつっこみました。 町はずれの門のところで、一 羽 ( わ ) の鳥がやぶのなかにはいって、でられなくなっているのを見つけました。これもチーズといっしょに、ポケットにつっこみました。 それから、仕立屋さんは、いさましく、大またに歩いていきました。 身 ( み ) がかるくて、すばしこいので、ちっともつかれませんでした。 そのうちに、道は山へさしかかりました。てっぺんについてみますと、そこには雲つくような大男がすわっていて、いかにものんびりとあたりをながめていました。仕立屋さんは 勇気 ( ゆうき ) をだして、その大男のほうへ歩いていって、よびかけました。 「やあ、どうだね、きょうだい。おまえさんはそこにすわりこんで、ひろい 世間 ( せけん ) をながめているってわけかい。おれもちょうどそのひろい世のなかへでていこうってとこさ。 運 ( うん ) だめしでもしようと思ってね。おまえさん、いっしょにいく気はないかい。」 大男は、ばかにしたように、仕立屋さんをじろっとながめて、 「きさま、どこの馬の ほね だ。みっともない 野郎 ( やろう ) だな。」 と、いいました。 「なんだと。」 仕立屋 ( したてや ) さんはこういって、 上着 ( うわぎ ) のボタンをはずして、大男にあの 帯 ( おび ) を見せました。 「こいつを読めば、おれがどんな男か、わからあ。」 大男は「ひと 打 ( う ) ちで七つ」と書いてあるのを読んで、仕立屋さんがうち 殺 ( ころ ) したのは、てっきり人間だと思いました。それで、このちびすけをちっとはうやまう気持ちになりましたが、でもまあ、とにかくためしてやれ、と 腹 ( はら ) のなかで思いました。そこで、大男は石をひとつ手にとって、ぎゅうっとにぎりしめました。すると、その石からしずくがぽたぽたとおちました。 「きさまに力があるんなら、このまねをしてみろ。」 と、大男がいいました。 「なんだ、たったそれっきりかい。おれにとっちゃ、そんなこたあ、お 茶 ( ちゃ ) の 子 ( こ ) だ。」 仕立屋 ( したてや ) さんはこういって、ポケットに手をつっこんで、あのやわらかいチーズをとりだしました。そして、それをぐいとにぎりしめましたので、しるがだらだらとながれだしました。 「どうだい、ちと、おれのほうがうわてだろう。」 と、仕立屋さんはいいました。 大男は、なんとこたえていいのか、わかりません。このちびすけに、こんなことができようとは、どうしても信じることができません。そこで、こんどは、石をひとつひろって、目ではほとんど見えないくらい高いところまでほうりあげました。 「さあ、ひよっこ 野郎 ( やろう ) 、おれのまねをしてみな。」 「うまくほうったな。」 と、 仕立屋 ( したてや ) さんがいいました。 「だが、あの石は 地面 ( じめん ) へおっこってきたじゃあないか。おれがいまほうってみせるのはな、二度ともどってこやしないんだぞ。」 仕立屋さんはポケットに手をつっこんで、あの鳥をつかむと、いきなりそいつを空へほうりあげました。 鳥は 自由 ( じゆう ) になったのをよろこんで、空へのぼっていきました。そして、どこともなくとびさって、二度ともどってはきませんでした。 「おい、きょうだい、こんなことでいいのかい。」 と、 仕立屋 ( したてや ) さんがたずねました。 「ちょいとばかしなげるなあ、きさまも。」 と、大男がいいました。 「だが、こんどは、きさまにまともなものがかつげるかどうか、ためしてみようじゃないか。」 大男は仕立屋さんを、大きなカシの木が 地 ( じ ) べたにたおれているところへつれていきました。そして、 「きさまにほんとうに力があるんなら、おれに手をかして、この木を森のそとまではこびだしてくれ。」 と、さそいかけました。 「いいとも。」 と、ちびさんはこたえました。 「それじゃあ、おまえは 幹 ( みき ) のところをかつぎな。おれは 大枝 ( おおえだ ) を小枝ごとかつぐからな。なんてったって、こいつがいちばんほねのおれるしごとさ。」 こういわれて、大男は幹をかつぎあげました。ところが 仕立屋 ( したてや ) さんは、すましたもので、大枝の上にこしかけました。大男はうしろをふりむくことができませんから、大きな木をまるごと、おまけに仕立屋さんまでもいっしょにかついでいかなければなりませんでした。 うしろにのった仕立屋さんは、まことにごきげんで、 陽気 ( ようき ) なものでした。木をかつぐのなんか、まるで子どものあそびだとでもいうように、 お馬にのった 仕立屋 ( したてや ) さん 三人そろって町からでていった と、 小唄 ( こうた ) を 口笛 ( くちぶえ ) でふいていました。 大男はかなりのあいだおもい 荷物 ( にもつ ) をひきずっていきましたが、もうどうにもそれいじょうすすめなくなりましたので、 「おい、木をおとすぞ。」 と、どなりました。 仕立屋 ( したてや ) さんはひらりととびおりて、 両腕 ( りょううで ) で木をかかえました。こうして、いままでずっとかかえていたような顔をして、大男にむかって、 「おまえさんは大きな ずうたい をしているくせに、こんな木ひとつ、かつげないのかい。」 と、いいました。 ふたりは、それからまた、いっしょに歩いていきました。やがて、一本のサクラの木のそばをとおりかかりました。すると、大男はじゅくしきったサクランボのなっている木のてっぺんを、ひょいとつかんで、ひきおろしました。そしてそれを 仕立屋 ( したてや ) さんの手にもたせて、サクランボを食べるようにいいました。でも、ちびの仕立屋さんでは、とてもその木をおさえているだけの力がありません。ですから、大男が手をはなしますと、とたんに木ははねかえって、それといっしょに、仕立屋さんも空へはねとばされてしまいました。 それでも、仕立屋さんが けが ひとつしないで、おちてきますと、大男はいいました。 「なんだ、きさまには、こんなほそい 枝 ( えだ ) をおさえているだけの力もないのか。」 「力がないんじゃない。」 と、仕立屋さんがいいました。 「おまえさん、ひと 打 ( う ) ちで七つもやっつけた男に、こんなことがものの数にはいるとでも思ってるのかい。おれはな、下で 猟師 ( りょうし ) がやぶんなかへ 鉄砲 ( てっぽう ) をうってるから、ちょいと木をとびこえただけなのさ。おまえさん、できるなら、おれのまねをしてとんでみな。」 大男はやってみましたが、木をとびこすことができないで、 枝 ( えだ ) のあいだにひっかかってしまいました。こんなわけで、こんどもまた 仕立屋 ( したてや ) さんの 勝 ( か ) ちになりました。 大男はいいました。 「おまえがそれほどいさましい男だというんなら、いっしょにおれたちの 岩屋 ( いわや ) へきて、とまってみろ。」 仕立屋さんは、 待 ( ま ) ってましたとばかりに、大男のあとについていきました。 岩屋についてみますと、そこには、ほかの大男たちが火のそばにすわりこんで、めいめい 丸焼 ( まるや ) きにしたヒツジを一ぴきずつ手にもって、むしゃむしゃ食べていました。 仕立屋さんはあたりを見まわして、 (こりゃ、おれのしごと 場 ( ば ) よりずっとひろいや。) と、思いました。 さっきの大男は、仕立屋さんに 寝床 ( ねどこ ) をひとつきめてやって、 「それにもぐりこんで、ゆっくりねろ。」 と、いいました。 でも、ちびの 仕立屋 ( したてや ) さんには、その 寝床 ( ねどこ ) は大きすぎました。ですから、仕立屋さんはなかへはもぐりこまずに、ほんのすみっこにはいこんでいました。 ま 夜中 ( よなか ) ごろ、大男は、仕立屋さんがもうぐっすりねこんでいるものと思いました。そこで、大男はそっとおきあがって、大きな 鉄 ( てつ ) の 棒 ( ぼう ) をひっつかみ、それで仕立屋さんのねている寝床をひとつ、ガンとなぐりつけました。そして、これで、あのバッタみたいなちびすけの 息 ( いき ) の 根 ( ね ) をとめたつもりでいました。 朝はやく、大男たちは森へでかけましたが、 仕立屋 ( したてや ) さんのことなんか、もうすっかりわすれていました。ところがそこへ、ひょっこり、仕立屋さんがいかにもゆかいそうに、へいきな顔をしてやってきましたので、大男たちはびっくりぎょうてんしました。そして、仕立屋さんがじぶんたちみんなをなぐり 殺 ( ころ ) すのではないかと思うと、こわくなって、おおあわてでにげていきました。 仕立屋さんは、じぶんのとんがった 鼻 ( はな ) のむくほうへ、ずんずん歩いていきました。長いあいだ歩いたのち、とある王さまのお 城 ( しろ ) の 庭 ( にわ ) にはいりこみました。仕立屋さんは、ひどくくたびれていましたので、草のなかにねころんで、そのままねむりこんでしまいました。 こうしてねているあいだに、お城の人たちがやってきて、 四方八方 ( しほうはっぽう ) から仕立屋さんをながめまわしました。そして、 帯 ( おび ) に「ひと 打 ( う ) ちで七つ」と書いてあるのを読みました。 「はてと、こんな 平和 ( へいわ ) なときに、この 大力 ( だいりき ) の 豪傑 ( ごうけつ ) はここでなにをしようというのだろう。」 と、みんなは口ぐちにいいました。 「これはきっと、えらいさむらいにちがいない。」 みんなは王さまのところへいって、このことを話しました。そして